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決算書から見る、世界の酒類メーカー|キリン編

4 日前
読了時間: 12分

酒類メーカーがノンアルコールをどう位置づけているのか。それを知るのに、決算書ほど正直な資料はない。


プレスリリースや広告には美しい言葉が並ぶ。一方、決算書に載るのは数字と、投資家に向けた率直な説明だ。どの事業に力を入れ、何を課題と見ているかが、そこに表れる。


今回取り上げるのはキリンホールディングス。2009年、同社が世界初とするアルコール0.00%のビールテイスト飲料「キリン フリー」を発売し、現在につながる0.00%市場を切り開いた会社である。


そして2025年、この会社は事業利益で過去最高を更新した。ただ、その増益を最も大きく押し上げたのは、酒類ではなくヘルスサイエンスだった。最新の通期決算である2025年12月期の決算短信をもとに読み解いていく。

決算書から見る、世界の酒類メーカー|キリン編
1. 会社の輪郭

  • 創業から現在まで

キリンの源流は1885年、横浜に設立されたジャパン・ブルワリー・カンパニーに遡る。1888年に「キリンビール」を発売し、1907年に麒麟麦酒株式会社が設立された。


ビール以外への展開も早い。1928年には「キリンレモン」で清涼飲料市場に参入している。


2000年代以降は、医薬事業の協和キリン、そしてヘルスサイエンス領域へと事業を大きく広げた。現在は四つの事業セグメントを持つ。


  • 海外ブランドとの関係、その変化

キリンを語るうえで見落とせないのが、海外ブランドとの関係である。


同社は長年、海外ビールの日本での受け皿を担ってきた。1993年からバドワイザーの国内での製造・販売を手がけ、ハイネケンとは合弁会社を設立した。ディアジオとも合弁を組み、ギネスなどの販売を担ってきた。


2018年以降、この構図が変わり始める。


2018年末、バドワイザーのライセンス契約が終了し、2019年からはAB InBevの日本法人が自ら輸入・販売を引き継いだ。2021年4月にはディアジオとの合弁を解消。2023年3月にはハイネケンのびん・缶製品のキリンでの販売が終わり、4月以降はハイネケン・ジャパンが販売している。


この5年ほどで、海外ブランドのオーナーが日本事業に直接関わる度合いを強める流れが進んだ。ただし、提携そのものが消えたわけではない。ハイネケンの樽詰生ビールは今もキリンビールが製造・販売しており、ギネスやスミノフアイスも、現在もキリンビールが販売者となっている。


バドワイザーの契約終了に際して、キリンは自社ブランドやクラフトビールに人員と投資を振り向ける方針を示していた。


  • ノンアルコールの起点

その自社開発の系譜に、ノンアルコールがある。


2009年4月、キリンビールは「キリン フリー」を発売した。アルコール分0.00%のビールテイスト飲料で、同社はこれを世界初としている。


発売前、ノンアルコールのビールテイスト飲料の市場は、カテゴリー全体で年間約250万ケース程度だった。キリン フリーは初年度だけで約400万ケースを売り、0.00%という新しい市場を切り開いた。


背景には社会の変化があった。2006年に福岡市で起きた飲酒運転事故を契機に、2007年に道路交通法が改正され、罰則が大幅に強化された。同社は発売時のリリースで、飲酒運転が社会問題として認識され、適正飲酒への対策を求める意識が高まっていること、その中でアルコールを含まないビールテイスト飲料への期待が高まっていることを、開発の背景として説明している。


現在は、2020年発売の「グリーンズフリー」と、2025年9月発売の「キリン本格醸造ノンアルコール ラガーゼロ」の二つを軸に、ノンアルコールのビールテイスト飲料を展開している。


  • 何を売っている会社か


報告セグメントは四つある。


・酒類:キリンビール、豪州のライオン、北米のニューベルジャン・ブリューイング

・飲料:キリンビバレッジと、米国のコカ・コーラ ビバレッジズ ノースイースト

・医薬:協和キリン

・ヘルスサイエンス:ファンケルとブラックモアズが中心


地域別の売上は、


・日本:1兆2867億円

・アメリカ:6575億円

・オセアニア:2269億円

・その他:2624億円。


2. 会社の規模

2025年12月期の決算を見ていく。


売上収益は2兆4334億円で、前年比4.1%増。事業利益は2518億円で19.3%増。営業利益は2097億円(67.3%増)。


親会社の所有者に帰属する当期利益は1475億円(153.4%増)で、前年の2.5倍を超えた。


事業利益は3年連続で過去最高を更新している。


増益の背景は複数ある。決算短信のセグメント別の説明を見ると、酒類ではキリンビールと豪州ライオンのブランド構成の見直しや価格改定。


ヘルスサイエンスでは、2025年3月に完全子会社化したファンケルの通年での連結取り込みと、協和発酵バイオのアミノ酸事業等の売却。医薬では、注力製品を展開する国・地域の拡大。これらが重なった。


財務指標も改善している。ROICは7.6%(前年4.1%)、EPSは182円(前年72円)、ROEは12.0%(前年5.0%)。


ただし2026年の見通しは慎重だ。売上収益は2兆4800億円(1.9%増)を見込む一方、事業利益は2350億円と6.7%の減益予想である。

3. 部門ごとの状況

セグメント

売上収益

前年比

事業利益

前年比

前年からの増減額

酒類

1兆753億円

-0.6%

1,354億円

+9.1%

+113億円

飲料

5,782億円

+2.4%

677億円

+5.8%

+37億円

医薬

4,965億円

+0.2%

1,023億円

+11.4%

+105億円

ヘルスサイエンス

2,514億円

+43.4%

111億円

黒字転換

+220億円

※前年からの増減額は、決算短信の数値から算出。ヘルスサイエンスの前年は109億円の損失。セグメント利益の合計と連結事業利益の差は、全社費用等の調整による。


この表から読めることは二つある。


一つ目。利益の額で見れば、最大の稼ぎ頭はいまも酒類だ。事業利益1354億円は4セグメントで最も大きい。


二つ目。前年からの増え方で見ると、景色が変わる。最も大きく利益を押し上げたのはヘルスサイエンスで、増加額は220億円。酒類の113億円のほぼ2倍にあたる。


もう一つ目を引くのが医薬である。売上では酒類の半分以下だが、事業利益は1023億円と、酒類に迫る水準にある。


  • 酒類:売上収益こそ0.6%減だったが、事業利益は9.1%増を確保した。人口減少と高齢化で販売数量が減る中、ブランド構成の見直し、価格改定の効果、費用管理が効いた。

    中でもキリンビール単体が好調で、事業利益は889億円(18.4%増)。10月発売の「キリングッドエール」は発売8日で当初目標の60万ケースを超え、年間販売数量は130万ケースを突破した。「一番搾り」ブランドも、4月発売の「一番搾りホワイトビール」を加えた3商品体制で前年を上回っている。一方、海外は厳しい。豪州のライオンは売上が3.8%減。北米のクラフトビール事業も、市場の縮小と原材料費の高騰の中で減益となった。

  • 飲料:増収増益。「午後の紅茶」の強化に加え、プラズマ乳酸菌を使った免疫ケア飲料の拡大が寄与した。

  • 医薬:希少疾患治療薬「クリースビータ」と血液がん治療薬「ポテリジオ」の上市国・地域の拡大により、増収増益となった。

  • ヘルスサイエンス:売上が43.4%増と大きく伸び、事業利益111億円の黒字に転換した(前年は109億円の損失)。ファンケルの通年寄与と、協和発酵バイオの構造改革が効いている。

4. 注力している分野
  • ヘルスサイエンスを「第3の柱」に

キリンが明確に掲げているのが、ヘルスサイエンス事業の育成である。決算短信は、アジア・パシフィックを中心に成長を加速させ、「グループの第3の柱として収益性を高めます」と記す。


2025年はその基盤が整った年だった。3月にファンケルの完全子会社化を完了し、協和発酵バイオのアミノ酸事業等の売却も終えた。


独自素材の展開も進む。プラズマ乳酸菌事業は売上収益が前年比約2割増、海外向けの菌体出荷は販売金額ベースで約5割増だった。


  • 事業ポートフォリオの入れ替え

ポートフォリオの入れ替えも進んでいる。


2026年2月、キリンはバーボンウイスキーのフォアローゼズ社の全持分を、米国のE.&J.ガロ・ワイナリーに譲渡する契約を結び、同年4月1日(米国太平洋時間)に譲渡を完了した。譲渡価額は最大7億7500万ドル(約1200億円)。


「その他の営業収益」として少なくとも290億円程度を計上する見込みだ。2002年の取得以来、米国市場を中心に育ててきた事業である。


同社は「中長期的な視点からバランスシート・事業ポートフォリオの見直しを定期的に実施しており、慎重に検討を重ねた結果」と説明している。


  • 大規模な株主還元

2026年2月には、上限5000万株・800億円の自己株式取得と、9800万株(発行済株式総数の10.7%)の消却を決議した。


  • 2035年の長期ビジョン

2035年に向けた長期ビジョンとして「人と技術の力でイノベーションを起こし続けるCSV先進企業として世界をもっと元気にしている」を新たに策定し、2026年を「変革の起点」と位置づけている。


5. 直面している課題
  • 決算短信が記した経営環境

この決算短信で印象的なのは、冒頭の経営環境の記述である。


「世界各地の消費マインド低迷に加え、健康意識の高まりによりアルコールや砂糖等の消費に対する規制や抑制の動きが強まり、事業環境は一段と厳しさを増しました」


酒類メーカーが自ら、アルコール消費への規制や抑制の強まりを、経営環境の変化として文書に残している。


  • 国内市場の構造的な縮小

人口減少と高齢化により、国内のビール類の販売数量は減り続けている。豪州市場も微減、北米のクラフトビール市場は縮小している。


  • 2026年の減益予想

2026年の事業利益は6.7%の減益を見込む。特に医薬は13.0%減と大きく、酒類も2.5%減の見通しである。


6. 決算書から見えてくる、ノンアルコールへの取り組み

さて、本題である。


  • 決算短信に、独立した記述がある

キリンの決算短信では、酒類事業の説明の中にノンアルコールの項目が独立して置かれている。並びは、ビールカテゴリー、クラフトビール、ノンアルコール、RTDの順だ。

そこにはこう書かれている。


「ノンアルコールでは、9月に『キリン本格醸造ノンアルコール ラガーゼロ』を発売しました。キリンビール史上最もビールに近い味を実現し、未充足だった『本格的なおいしさ』への需要に応えることで、ノンアルコール市場の更なる活性化に寄与し、売上及び利益率の改善に貢献しました」


注目したいのは最後の一節だ。新商品を出したという報告にとどまらず、売上と利益率の改善、つまり収益への貢献として書かれている。


  • カテゴリーの数字は、事業方針にある

決算短信には、ノンアルコールの販売実績の数字は載っていない。数字が示されているのは、2026年1月に公表されたキリンビールの2026年事業方針だ。


まず、ラガーゼロは年間販売目標の約1.1倍にあたる55万ケース(大びん換算)を売った。

そしてカテゴリー全体の数字がある。2025年の販売金額は前年比で、ビール類が±0%、RTDが+1%、洋酒が-4%。これに対してノンアルコール飲料は+10%だった。


2026年の目標はさらに踏み込んでいる。ビール類-3%、RTD+6%、洋酒+9%に対し、ノンアルコール飲料は+38%である。


カテゴリー

2025年実績

2026年目標

ビール類

±0%

-3%

RTD

+1%

+6%

洋酒

-4%

+9%

ノンアルコール飲料

+10%

+38%

*出典:キリンビール「2026年 キリンビール事業方針」


なお同資料には、ノンアルコール飲料は「ノンアルコール・ビールテイスト飲料とノンアルコールRTDの合算」という注記が付いている。


  • 「新たな事業の柱」という言葉

決算短信の酒類事業の方針には、さらに踏み込んだ表現がある。


「健康志向や多様なライフスタイルに応える商品群では、ノンアルコールカテゴリーの商品ラインアップ拡充や、既存の機能系ブランドの強化を中心に、技術力を活かした価値創造により新たな事業の柱の確立を目指します」


ここで「事業の柱」とされているのはノンアル単体ではない。ノンアルコールと既存の機能系ブランドを中心とする、健康志向や多様なライフスタイルに応える商品群だ。それでも、その中心にノンアルコールが名指しで置かれていることに変わりはない。


  • 酒税改正と、キリンの見立て

もう一つ、2026年10月1日の酒税改正との関係がある。


この改正で、ビール系飲料の税率は350mlあたり54.25円に一本化される。ビールは減税になる一方、発泡酒と新ジャンルは増税になる。チューハイなどのRTDも増税の対象だ。アルコール分1%未満のノンアルコール飲料は、そもそも酒税の対象外である。


キリンはグリーンズフリーのリニューアル発表で、「2026年10月の酒税改正以降は税率が上昇する他カテゴリーからの流入も予想され、さらなる成長が見込まれます」と述べている。これはキリン自身の予測であり、キリンは制度変更を追い風になり得ると見ている。


  • 技術の話

2026年1月のグリーンズフリーのリニューアルでは、興味深い素材が使われた。


コーヒーの製造工程で通常は廃棄される、コーヒーチェリーの果皮・果肉。これを乳酸菌や酵母で発酵させた素材である。開発担当者はこう説明している。


「グリーンズフリーはノンアルコールなので、発酵をさせていません。そこで、キリンが保有するワイン醸造の知見も応用しながら、コーヒーチェリー香料でお酒らしい発酵感をもたらすことで、飲みごたえの強化を目指しました」


ビールのような発酵工程を経ないノンアルコール飲料に、発酵させた素材を使って、酒らしい厚みをどう与えるか。ノンアルコール飲料が抱える根本的な課題に、ワイン醸造という別の領域の知見で応えようとしている。


決算書が語ったこと

2025年のキリンは、事業利益で3年連続の過去最高を更新した。


最大の利益を稼いだのは依然として酒類だが、最大の増益に寄与したのは、黒字に転換したヘルスサイエンスだった。


医薬は酒類の半分以下の売上で、酒類に迫る利益を生んでいる。ヘルスサイエンスは「第3の柱」として黒字に転じた。その一方で、2002年から育ててきたバーボン事業を手放した。


「ビール会社」という一言では、もうこの会社の利益構造を説明できない。


決算短信の冒頭には、アルコール消費への規制や抑制の動きが強まっていることが記されている。逆風を、自ら文書に残している。


その中で、ノンアルコールはどこにいるのか。


まず、決算短信に独立した記述がある。しかもラガーゼロについて「売上及び利益率の改善に貢献した」と、収益の言葉で書かれている。


次に、数字がある。2025年のノンアルコール飲料の販売金額は前年比10%増で、キリンビールの主要カテゴリーの中で最も高い伸びだった。2026年には38%増を目指している。


そして、方針がある。医薬、そしてヘルスサイエンスと、本業の外側に新しい収益源を育ててきたキリンが、今度は酒類事業の内側で、ノンアルコールや機能系商品を含む領域を「新たな事業の柱」と明記した。単なる品揃えの拡充より、一段重い言葉である。


2009年、キリン フリーは「飲めないときの代わり」を0.00%で形にした。17年後、キリンはノンアルコールを中心とする商品群を「新たな事業の柱」と呼び、ノンアルコール飲料で38%の成長を目指している。


0.00%を作ることから、利益を生むカテゴリーを作ることへ。その変化が、今回の決算書にははっきりと表れている。


2026年10月、酒税が変わる。増税されるカテゴリーからの流入をキリンが見込んでいるとおりになるのか。次の決算書が、その答えを示すことになる。

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