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決算書から見る、世界の酒類メーカー|アサヒ編

15 分前
読了時間: 12分

酒類メーカーがノンアルコールをどう位置づけているのか。それを知るのに、決算書ほど正直な資料はない。


プレスリリースや広告では美しい言葉が並ぶが、決算書には数字と、投資家に向けた率直な説明が載る。どの事業に力を入れ、何を課題と見ているかが、そこに表れる。


今回取り上げるのは、日本のアサヒグループホールディングス。スーパードライで知られる、日本を代表する酒類メーカーである。そして2025年は、この会社にとって特殊な一年となった。最新の通期決算である2025年12月期の決算短信をもとに読み解いていく。


決算書から見る、世界の酒類メーカー|アサヒ編
1. 会社の輪郭
  • 創業から現在まで

アサヒの歴史は1889年、大阪麦酒会社の設立に遡る。1906年には他社との合併で大日本麦酒が誕生し、戦後の1949年、過度経済力集中排除法によって同社が分割された際に「朝日麦酒」として再出発した。


転機は1987年のアサヒスーパードライ発売である。「辛口」という新しい価値提案が支持を集め、1998年にはビール類で国内シェア首位を獲得した。


2000年代以降は海外展開を加速させる。2016年から2017年にかけてSABミラーの欧州事業(ピルスナーウルケル、ペローニ、グロールシュなど)を買収し、2020年にはオーストラリアのカールトン&ユナイテッド・ブリュワリーズを取得。国内メーカーからグローバル企業へと変貌した。


  • 何を売っている会社か

決算短信によれば、同社グループは酒類、飲料、食品の製造・販売を手がけている。


日本ではビール類(スーパードライ、クリアアサヒ)、RTD(缶チューハイ)、アルコールテイスト飲料に加え、三ツ矢サイダー、ウィルキンソン、ワンダ、カルピスといった清涼飲料、ミンティアなどの食品も展開する。


酒類専業ではなく、飲料・食品まで含む「マルチビバレッジ」の会社である点が特徴だ。


海外では、欧州でピルスナーウルケル、ペローニ、グロールシュ、レフ、ズブルなどを、オセアニアでカールトン、グレートノーザン、シュウェップスなどを保有する。

  • 規模感

2025年12月期の売上収益は2兆8946億円。顧客の所在地でみると、日本1兆2744億円に対し海外1兆6202億円と、すでに海外が過半を占める。オーストラリアだけで6665億円にのぼる。


事業セグメントは、2025年4月に4地域から3地域へと再編された。従来の「日本」「欧州」「オセアニア」「東南アジア」から、「日本・東アジア」「欧州」「アジアパシフィック」の3区分となっている。

2. 会社の規模

2025年12月期の決算を見ていく。


売上収益は2兆8946億円で、前期比1.5%減。事業利益は2629億円(7.8%減)、営業利益は1858億円(30.9%減)、親会社の所有者に帰属する当期利益は1215億円(36.7%減)となった。為替の影響を除いても、売上収益1.4%減、事業利益7.8%減である。


減益幅が段階によって大きく異なる点に注意したい。事業利益の7.8%減に対し、営業利益は30.9%減。この差は、減損損失やシステム障害関連費用といった一時的な調整項目によるものだ。減損損失は前期の68億円から276億円へと大きく増えている。

そして、この決算には異例の事情がある。


  • 発表が約5か月遅れた

2025年9月29日、アサヒはサイバー攻撃を受けた。日本における受注・出荷などのシステムが停止し、商品供給が制約を受けた。決算短信の冒頭には、この件による決算発表の延期について謝罪の言葉が記されている。


12月決算の同社は例年2月に通期決算を発表してきたが、2025年12月期の発表は2026年7月8日。約5か月遅れという異例の事態となった。


有価証券報告書の提出も、当初期限の3月末から7月27日まで延期されている。提出は完了したものの、同日、財務報告に係る内部統制について「開示すべき重要な不備」があったことも公表された。


なお、システム障害の影響は日本で管理しているシステムに限られており、欧州およびアジアパシフィックの業績への影響はないと明記されている。

2026年の見通しは、売上収益3兆2200億円(11.2%増)、事業利益2910億円(10.6%増)、営業利益2970億円(59.8%増)。大幅な回復を見込んでいる。

3. 部門ごとの状況
アサヒグループHDの2025年12月期セグメント別売上収益構成比を示す円グラフ。日本・東アジア45.7%、欧州26.4%、アジアパシフィック27.0%、その他0.9%。

ここで目を引くのが、事業利益で欧州が日本・東アジアを上回ったという事実だ。


売上規模では日本・東アジアが1兆3272億円と、欧州の7682億円に対して1.7倍ある。ところが事業利益は、欧州1131億円に対して日本・東アジアが1116億円。逆転している。


事業利益率を見れば理由は明らかだ。日本・東アジアが8.4%であるのに対し、欧州は14.7%、アジアパシフィックは13.7%。国内事業の収益性の低さが際立つ。


  • 日本・東アジアは、価格改定効果はあったものの、システム障害の影響と外食事業からの撤退により減収。事業利益もシステム障害と原材料費増加により16.1%減となった。


  • 欧州は好調だった。天候不順で販売数量は減少したものの、プレミアムビールとグローバルブランドが堅調に推移し、売上単価の向上とコスト効率化により事業利益は8.1%増。為替の影響を除いても3.6%の増益である。チェコのピルスナーウルケル、イタリアのラッフォ、ポーランドのレフなど各国ブランドの強化に加え、Asahi Super Dryがアーセナルと公式ビールパートナー契約を締結するなど、グローバル展開も進めた。


  • アジアパシフィックは、円換算では事業利益1.4%減となったが、為替の影響を除けば2.2%の増益。実態としては伸びている。オセアニアではアルコール分2.0%の「Great Northern Light」など、度数を抑えた商品の展開も進む。

4. 注力している分野
  • プレミアム化とグローバルブランド

決算短信が繰り返し強調するのが、プレミアム戦略である。


数量が減る環境下で、単価の高い商品の比率を高めることで収益を確保する。


グローバルブランドの展開もその一環だ。Asahi Super Dryは、City Football GroupやRugby World Cupとのパートナーシップに加え、2025年にはアーセナルとの公式ビールパートナー契約を締結した。


  • BAC(ビール隣接カテゴリー)への投資強化

2026年の方針として、決算短信に明記されているのがBACである。

*BAC:Beer Adjacent Categoriesの略。ノンアルコール飲料、RTD、成人向け清涼飲料など、ビール隣接カテゴリーを指します。


そして「BACへの投資強化などによる事業ポートフォリオの強靭化を推進します」と述べている。ノンアルコールは、この枠組みの中に位置づけられている。


  • マルチビバレッジ戦略

酒類と飲料の両方を持つ強みを活かす戦略も進む。


アジアパシフィックでは「酒類と飲料の強みを活かしたマルチビバレッジ戦略の推進」が掲げられ、オセアニアではエナジードリンクの投入なども行われている。


  • 東アフリカ事業の取得

2026年下半期には、ディアジオから東アフリカ事業(East African Breweries)の取得完了を予定している。ディアジオ側が負債圧縮のために手放す事業を、アサヒが取得する形だ。


5. 直面している課題
  • サイバー攻撃からの復旧

最大の課題は、システム障害からの回復である。2026年2月に再発防止策を策定し、実行中とされる。決算短信は「技術面及びガバナンス面の双方から再発防止に取り組みます」と述べている。


影響の大きさは、2026年の業績予想にも表れている。営業利益59.8%増という数字は、裏を返せば2025年がそれだけ落ち込んだということだ。


  • 国内事業の収益性

事業利益率8.4%という日本・東アジアの数字は、欧州の14.7%、アジアパシフィックの13.7%と比べて明らかに低い。


決算短信も「既存領域における収益力の回復・強化と事業構造の見直しを進める」としており、構造的な課題として認識されている。


  • 財務指標の悪化

キャッシュ・フロー対有利子負債比率は、前期の3.5年から17.2年へと大きく悪化した。


インタレスト・カバレッジ・レシオも25.7倍から4.8倍へ低下している。


営業活動によるキャッシュ・フローが前期の4037億円から1048億円へと大幅に減少したことが主因だ。サイバー攻撃の影響は、損益だけでなくキャッシュフローと財務レバレッジにも及んでいる。

6. 決算書から見えてくる、ノンアルコールへの取り組み

さて、本題である。


  • 混乱の中で、ノンアルコールだけが伸びた

2025年のアサヒで最も象徴的なのは、この事実だろう。


アサヒビールの2026年事業方針説明会で示されたデータによれば、1〜9月の時点ではRTDが前年比119%、ノンアルコールが112%と好調で、ビール類も98%と前年超えを狙える位置にあった。


ところが9月29日のシステム障害を境に状況が一変する。10〜12月にRTDは前年比51%まで落ち込んだ。ビール類は「とにかくビールは切らさない」という方針のもと通期で90%に踏みとどまったが、それでも大幅な減少である。


そして通期では、ノンアルコールを除く全カテゴリーが前年を下回った。供給が制約される中で、ノンアルコールだけが前年を超えたのだ。


なぜノンアルコールだけが持ちこたえたのか、決算資料からは読み取れない。ただ事実として、最も打撃を受けた年に、このカテゴリーだけが伸びた。


  • アサヒゼロという成功例

その中心にあるのが「アサヒゼロ」である。


2023年10月に近畿地区で先行発売され、2024年4月に全国展開された脱アルコールビールだ。製法に特徴がある。主力ビール比で約2倍濃厚なビールを醸造し、そこから脱アルコール工程を2回繰り返す「ブリューゼロ製法」を採用している。ビールを造ってからアルコールを抜くという、手間のかかる方法である。


実績は当初の想定を大きく超え続けている。


初年度の2024年は172万箱を販売し、当初目標60万箱の2.8倍に達した。2025年は当初200万箱を目標としていたが、好調を受けて9月に240万箱へ上方修正。それでも最終的には256万箱、前年比149%まで伸び、上方修正後の目標も上回った。


そして2026年7月末には、累計販売本数が2億本(350ml缶換算)を突破。2024年4月の全国発売から約2年3か月での到達である。これを受けて8月製造分から、発売以来初めてベースビールを改良する本格リニューアルが行われた。


同社が繰り返し使う表現がある。「ビールが飲めない時に仕方なく選ぶ代替品から、積極的に飲みたいから選ぶ飲料へ」。ノンアルコールの位置づけを変えようとする意思が、この言葉に表れている。


  • 二つの「20%」

アサヒのノンアルコール目標を読み解くには、二つの層を分けて見る必要がある。


ひとつは、国内のアサヒビールが掲げる目標だ。2021年4月に公表されたもので、ビール類・RTD・ノンアルコール飲料の全販売容量のうち、アルコール分3.5%以下とノンアルコールを**2025年までに20%**にするという内容である。2024年時点では約16%まで到達していたと報じられている。


もうひとつが、グループ全体の目標である。アサヒグループホールディングスのサステナビリティ重要課題「責任ある飲酒」には、こう記されている。


「2030年までに主要な酒類商品に占めるノンアルコール・低アルコール飲料の販売量構成比20%以上を達成する」。


対象はビール類、RTD、ノンアルコール飲料だ。


つまり国内は2025年、グループは2030年。同じ20%という水準を、異なる期限で追っている。


  • 2025年目標の結果は、まだ見えない

では、国内の2025年目標はどうなったのか。


本稿執筆時点で、最終的な達成率を示す公式な開示は確認できなかった。アサヒビールの公式サイトには、現在も「2025年までに販売量構成比20%を達成することを目標としています」という記述が残ったままになっている。


サイバー攻撃により各種決算・報告書の開示スケジュールが大幅に後ろ倒しになったこともあり、例年5月末に発行される統合報告書も、本稿執筆時点では2025年版が最新である。今後の追加開示を待ちたい。


  • 物差しは、増えている

一方で、会社が語る指標には新しいものが加わっている。


2026年の事業方針説明会で示されたのは、構成比ではない数字だった。


「スマドリ(スマートドリンキング)」にカテゴライズされる売上が、2020年の約590億円から2024年には約930億円へと1.6倍に成長したこと。認知率がゼロから50%に達したこと。


そして2030年に売上2000億円以上、認知率75%以上を目指すという新しい目標である。


構成比という物差しはグループ目標として維持しながら、そこに売上規模と認知率という軸が加わった形だ。


さらに注目したいのが、同社が打ち出した「3つの軸」である。第1がアルコール、第2がアルコール代替としてのノンアル・微アル、そして第3として「大人味の嗜好飲料」に挑戦するという。


第3の軸は、アルコールの代替ですらない。アルコールとは別の、独立した嗜好飲料としてのカテゴリーを作ろうという発想である。


  • ノンアルコールがグローバルブランドの顔になる

もうひとつ、象徴的な動きがある。


イタリア発のプレミアムブランド「Peroni Nastro Azzurro」は、F1のスクーデリア・フェラーリとパートナーシップを結んでいる。そしてこのスポンサーシップで前面に立っているのは、通常版ではなく**Peroni Nastro Azzurro 0.0%**である。


アサヒグループはこの取り組みについて、2030年のノンアルコール・低アルコール構成比20%以上という目標を後押しするものだと説明している。世界最高峰のモータースポーツという舞台で、ノンアルコール製品がブランドの顔を務めている。


決算書が語ったこと

2025年のアサヒは、サイバー攻撃という外的要因で大きく傷ついた。国内事業は減収減益となり、決算発表は約5か月、有価証券報告書の提出も約4か月遅れた。一方で欧州は増益を確保し、事業利益では国内を上回った。海外が支える構造が、より鮮明になった一年でもあった。


その中でノンアルコールはどこにいたのか。


答えは象徴的だ。供給が滞り、RTDが半減し、ビール類も1割減る中で、ノンアルコールだけが前年を超えた。会社が最も苦しんだ年に、このカテゴリーだけが伸びている。


アサヒゼロが示したのは、需要の確かさである。初年度は目標の2.8倍、翌年は上方修正後の目標すら上回る256万箱。全国発売から2年3か月で累計2億本。通常の2倍濃いビールを醸造し、脱アルコール工程を2回繰り返すという手間のかかる製法が、「代替品」からの脱却を実現しつつある。


国内の2025年20%目標の結果は、まだ見えない。だがグループとしては2030年に20%以上という目標を掲げ続けており、構成比という物差しは生きている。そこに売上2000億円、認知率75%という新しい軸が加わった。


そして最も特徴的なのが、「第3の軸」という発想だろう。


ハイネケンは自社ブランドのゼロ版を各市場に広げ、ビール文化の中にノンアルコールを組み込もうとしている。ディアジオはギネス0.0を軸に、飲まないことへの社会的な壁を崩そうとしている。AB InBevは数値目標と巨大ブランドで市場そのものを広げようとした。


アサヒが目指しているのは、その少し先だ。アルコールの代替としてのノンアルコールを伸ばすだけでなく、その外側に「大人味の嗜好飲料」という、アルコールを参照しない市場まで作ろうとしている。


2026年、この会社はまずビールの復活を最優先に掲げている。だが中長期の視線は、明らかにスマドリとBACに向いている。傷ついた年に唯一伸びたカテゴリーを、ビールの復活と並ぶ次の成長軸として育てようとしている。


なお、2026年上期の決算では売上・事業利益とも前年を上回っており、回復はすでに始まっている。

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