決算書から見る、世界の酒類メーカー|AB InBev編
酒類メーカーがノンアルコールをどう位置づけているのか。それを知るのに、決算書ほど正直な資料はない。
プレスリリースや広告では美しい言葉が並ぶが、決算書には数字と、投資家に向けた率直な説明が載る。どの事業に力を入れ、何を課題と見ているかが、そこに表れる。
今回取り上げるのは、ベルギーのAB InBev(アンハイザー・ブッシュ・インベブ)。世界最大のビール会社であり、ノンアルコールについて明確な数値目標を公に掲げた、数少ない企業でもある。そして2025年は、その目標の期限の年だった。最新の通期決算であるFY2025(2025年12月期)の決算資料をもとに読み解いていく。
※以下、円換算は便宜上1ドル=150円で計算している。

1. 会社の輪郭
創業から現在まで
AB InBevは、合併と買収を重ねて築かれた会社である。
現在の形の直接の起点は2008年。ベルギーのインベブが、米国のアンハイザー・ブッシュを約520億ドルで買収して誕生した。さらに2016年、当時世界第2位だった英SABミラーを約1000億ドル規模で買収し、圧倒的な首位に立った。
ただし個々のブランドの歴史は古い。ステラ・アルトワは、その醸造のルーツを1366年創業のベルギー・ルーヴェンのDen Hoorn醸造所にまで遡る。バドワイザーは1876年、コロナは1925年のメキシコで生まれた。
日本での展開も、他の外資系と似た経緯を辿っている。バドワイザーは長らくキリンビールがライセンス生産・販売を担っていたが、2018年12月末に契約が終了。2019年1月から、2015年に設立された日本法人AB InBev Japanが輸入・販売を引き継いだ。2018年からはヒューガルデンなどベルギービールの取り扱いも始めている。現在はバドワイザー、コロナ、ヒューガルデン、グースアイランドなどを展開している。
何を売っている会社か
500を超えるビールブランドを保有し、世界約50カ国で事業を展開する。グローバルブランドはバドワイザー、コロナ、ステラ・アルトワ、そして近年急成長しているミケロブ・ウルトラ。これに各国のローカルブランドが加わる。
ブランドの強さは数字にも表れている。Kantar BrandZの2025年版によれば、世界で最も価値のあるビールブランド上位10のうち8をAB InBevが保有し、コロナが1位、バドワイザーが2位を占めた。
ビール以外では、中南米やアフリカで清涼飲料事業も手がけている。またRTD(そのまま飲める缶入りカクテル)やハードセルツァーなどを「Beyond Beer」という枠組みで展開している。
規模感
従業員は約13万7000人。FY2025の総販売数量は5億6110万ヘクトリットルにのぼる。参考までに、ハイネケンの同年の販売数量は2億8160万ヘクトリットルなので、その約2倍の量を売っている計算になる。
2. 会社の規模
FY2025(2025年12月期)の決算を見ていく。
売上高は593億2000万ドル(約8兆9000億円)。為替や買収・売却の影響を除いたオーガニックベースでは2.0%の増収となった。
正規化EBITDA(利払い・税金・減価償却前利益)は212億2300万ドル(約3兆1800億円)で、オーガニックベース4.9%の増益。
一方、販売数量は2.3%減少している。ビールに限れば2.6%減。
ただし1ヘクトリットルあたりの売上が4.4%増加したことで、数量減を補って増収を確保した。フリーキャッシュフローは113億ドル(約1兆7000億円)。
数量が減る中で、単価と利益率を引き上げて成長を維持する——という構図である。
財務面では、純有利子負債が609億ドル(約9兆1400億円)。
SABミラー買収時に積み上がった負債の返済が長年の課題で、2021年以降で累計約153億ドルを削減してきたが、FY2025末は前年末の606億ドルからわずかに増加した。
EBITDA倍率は2.87倍まで低下しており、同社が最適と考える2倍程度に向けて改善は続いている。
なお株主還元は強化されており、配当は前年比15%増、60億ドル規模の自社株買いプログラムも進行中だ。
3. 部門ごとの状況
AB InBevは事業を5つの地域と、輸出・持株会社部門の計6区分で報告している。

ここで目を引くのが、中米の存在感だ。メキシコを中心とするこの地域が、売上で最大の173億ドルを稼ぎ、EBITDAでは86億ドルとグループ全体の約41%を占める。しかもEBITDAマージンは50.0%。他地域が30%前後であることを考えると、突出した収益性である。メキシコでは中価格帯以上のビールが強く、市場シェアも拡大している。
対照的に、北米は売上142億ドル、EBITDA46億ドルにとどまる。バドワイザーの本拠地でありながら、収益貢献はメキシコを中心とする地域の半分程度だ。売上は1.0%減、数量は3.0%減と苦戦が続いている。ただし決算資料によれば、ミケロブ・ウルトラとCutwaterを軸にシェアを取り戻しつつあるという。
南米は売上4.9%増。ただし最大市場ブラジルの数量は4.1%減となっており、プレミアム帯の伸びが売上を支えた形だ。
欧州・中東・アフリカは3.2%増。一方アジア太平洋は6.5%減と最も厳しく、中国事業が期待を下回った。
「バドワイザーの会社」という印象とは裏腹に、実際の稼ぎ頭は中南米——というのが、この決算書から見える姿である。
4. 注力している分野
メガブランドへの集中投資
AB InBevの戦略の中核にあるのが、少数の巨大ブランドへの資源集中だ。
FY2025には販売・マーケティングに74億ドル(約1兆1100億円)を投じた。その結果、メガブランドの売上は4.1%増加し、グループ全体の伸びを上回っている。
特に成長が著しいのがコロナだ。本国メキシコ以外での売上が8.3%増加し、30市場で数量が二桁成長した。ミケロブ・ウルトラも米国市場で存在感を高めており、北米事業の回復を支えている。
BEESというデジタル基盤
もう一つの柱が、小売店との取引をデジタル化する自社プラットフォーム「BEES」である。
FY2025には、売上高の72%がBtoBデジタルプラットフォーム経由となった。BEES全体の流通総額は525億ドルに達している。さらに自社製品以外も扱うBEES Marketplaceの流通総額は35億ドルで、前年比61%増。
単なる受注システムではなく、小売店向けのプラットフォーム事業として育ちつつある。
Beyond Beer
ビール以外のアルコール飲料への展開も進む。RTDやハードセルツァーなどを束ねた「Beyond Beer」は、FY2025に23%成長し、売上の3%を占めた。
米国のCutwaterは三桁成長を記録している。
なお、この「Beyond Beer」にノンアルコールビールは含まれない。同社はノンアルコールを別の枠組みで扱っている。それが後で見る「Balanced Choices」である。
5. 直面している課題
数量の減少
FY2025の販売数量は2.3%減、ビールに限れば2.6%減となった。単価上昇で補ってはいるが、量そのものは縮んでいる。
これは同社固有の問題ではない。BarthHaasの報告によれば、2025年の世界のビール生産量は0.7%減少した。2024年も減少しており、2年連続の減少となる。
中国事業の不振
アジア太平洋の6.5%減は、主に中国市場の不調による。同社は中国が期待を下回ったと明言している。
負債の重さ
純有利子負債609億ドルという水準は、経営の自由度を制約する。レバレッジは改善傾向にあるものの、目標とする2倍程度までにはまだ時間がかかる。
6. 決算書から見えてくる、ノンアルコールへの取り組み
さて、本題である。
AB InBevのノンアルコールを読むと、他社にはない特徴が二つ見えてくる。ひとつは、開示の明確さ。もうひとつは、10年前に公に掲げた数値目標の存在である。
成長率は明確に開示されている
FY2025、AB InBevのノンアルコールビールの売上は34%成長した。
この数字は四半期ごとにも開示されている。第1四半期34%、第2四半期33%、第3四半期27%、そして通期34%。一貫して高い伸びを示している。
具体的な実績も豊富だ。
ブラジルではノンアルコールビールブランドの数量が30%成長。メキシコではCorona Ceroが数量二桁成長を記録し、ノンアルコールビールで首位に立った。
ノンアルコールビール市場でシェア1位を取っている国は、米国、カナダ、ブラジル、メキシコ、コロンビア、ベルギーに及ぶ。
ポートフォリオも広い。ノンアルコール・低アルコールのブランド数は80。ノンアルコールビールは70の市場で販売されている。
「Balanced Choices」という枠組み
AB InBevは、ノンアルコールビールを「Balanced Choices(バランスの取れた選択肢)」という括りの中に位置づけている。
この枠組みには、低糖質ビール、低カロリービール、グルテンフリービール、オーガニックビール、そしてノンアルコールビールが含まれる。
モデレーション(節度ある飲酒)や、多様な飲用機会に対応するための選択肢を、まとめて扱う発想だ。Balanced Choices全体では、FY2025に8.9%成長した。
つまりAB InBevにとってノンアルコールは、「アルコールの代替品」ではなく「選択肢のひとつ」として整理されている。
Corona Ceroへの一点集中
ブランド戦略で際立つのが、Corona Ceroへの集中投資である。
Corona Ceroは55カ国以上に展開されている。そして特筆すべきは、そのスポンサーシップだ。2024年のパリ大会で、Corona Ceroはオリンピック・パラリンピック史上初のグローバルビールスポンサーとなった。このパートナーシップは現在、2032年のブリスベン大会まで延長されている。
さらにワールドサーフリーグとも4年契約を結んだ。同リーグにとって初のグローバル・ノンアルコールビール・パートナーシップである。
国際クリケット評議会(ICC)とのグローバル契約では、インド市場をBudweiser 0.0が主導する。
ノンアルコールビールブランドが、世界最大級のスポーツイベントの看板を背負う。この規模の投資は、ノンアルコール製品としては異例である。
そして、届かなかった目標
ここからが、この会社を語るうえで避けて通れない話になる。
2015年、AB InBevは「Global Smart Drinking Goals」という一連の目標を公表した。世界保健機関(WHO)が掲げる、有害な飲酒を2025年までに各国で10%削減するという目標を支援する狙いがあった。その一つが、こういう内容である。
「2025年末までに、ノンアルコール(0.0〜0.5%ABV)および低アルコール(0.51〜3.5%ABV)のビールを、自社の世界ビール販売量の20%以上にする。」
これは、自社が売るビールのうち、5杯に1杯をノンアルコールか低アルコールにするという、ポートフォリオの構成そのものを変える目標だった。
そして2025年、期限を迎えた。FY2025の年次報告書には、こう記されている。
「2015年、AB InBevは2025年までにノンアルコール・低アルコールビールを世界ビール数量の20%とする野心的な目標を設定した。同社はこの野心を完全には達成できなかったが、2025年時点で世界ビール数量の6.2%が3.5%ABV未満だった」
20%を目指して、6.2%。 10年をかけて、目標の3分の1にも届かなかった。
未達は、実は早くから認識されていた。2022年のダボス会議で、同社のチーフ・サステナビリティ・オフィサーはロイターの取材に「6%を少し超えたところ。目標達成には届いていない」と語っている。その理由として、目標がSABミラー買収前に設定されたもので、その後に事業の構成が大きく変わったこと、そして「戦略が変わりつつある。量を押し出すのではなく、選択肢を提供することに注力したい」と述べていた。
決算書が語ったこと
FY2025のAB InBevは、数量が減る中で単価と利益率を引き上げ、増収増益を確保した。メキシコを中心とする中南米が収益を支え、北米は回復の途上にある。
その中で、ノンアルコールはどこに位置しているのか。
まず目を引くのは、開示の明確さだ。売上成長率34%という数字を四半期ごとに出し、ブランド数、展開市場数、シェア1位の国名まで具体的に示す。事業として真剣に追っていることが、数字の出し方から伝わってくる。
投資の規模も際立つ。オリンピックのグローバルビールスポンサーという座を、ノンアルコールブランドで取りに行った。しかも契約は2032年まで延びている。これは製品を売る以上に、「ノンアルコールビールは一流アスリートの選択肢である」という認識を世界に広める投資だ。
そしてもう一つ、この会社には他社にないものがある。10年前に置いた数字と、その答え合わせの記録である。
FY2025、ノンアルコールビールの売上は34%伸びた。一方、「ノンアル・低アルを世界ビール数量の20%にする」という目標の最終実績は6.2%だった。
この二つは指標が違う。前者はノンアルコールビールの売上成長率、後者はノンアル・低アルを合わせた数量構成比だ。それでも両方が、足元の勢いと、巨大なポートフォリオを動かす難しさを同時に映している。
注目すべきは、会社側の物差しが変わりつつあることだ。「量を押し出すのではなく、選択肢を提供することに注力したい」——ダボスでの発言は、単一のKPIから、より広いモデレーションへと重心を移す姿勢を示している。
20%という一点を目指す段階から、80のブランドと70の市場という厚みで攻める段階へ。目標の形が変わったと読むこともできる。
数値目標を掲げなければ、達成度を問われることもない。実際、ノンアルコールについて具体的な数字を公表している大手酒類メーカーは多くない。その中でAB InBevは、10年前に数字を置き、結果を自ら記録した。これは市場全体にとって貴重なデータになる。世界最大のビール会社が全力で取り組んで6.2%——この一点があるだけで、次に目標を立てる者は、より現実的な設計ができる。
飲む文化を動かすには、10年では足りなかった。だが80のブランドが揃い、70の市場に棚ができ、オリンピックの看板が立った。土台は、10年前とは比べものにならない。
次の10年は、ここから始まる。




