決算書から見る、世界の酒類メーカー|ディアジオ編
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酒類メーカーがノンアルコールをどう位置づけているのか。それを知るのに、決算書ほど正直な資料はない。
プレスリリースや広告では美しい言葉が並ぶが、決算書には数字と、投資家に向けた率直な説明が載る。どの事業に力を入れ、何を課題と見ているかが、そこに表れる。
第二回は、英国のディアジオ。ビールを主軸とするハイネケンとは対照的に、スピリッツを中心とする世界的な酒類企業である。今回は最新の通期決算であるFY2026(2026年6月期)の決算資料とAnnual Report 2026をもとに解説していく。
※以下、円換算は便宜上1ドル=150円で計算している。

1. 会社の輪郭
創業から現在まで
ディアジオという社名を聞いてもピンとこない人は多いかもしれない。だがジョニーウォーカー、スミノフ、ギネス、タンカレーと並べれば、その存在感が分かるはずだ。
会社としての歴史は意外に浅い。1997年、ギネス社とグランド・メトロポリタンの合併によって誕生した。まだ30年に満たない会社である。
ただし傘下ブランドの歴史は古い。ギネスは1759年にダブリンで創業し、ジョニーウォーカーは1820年にスコットランドで始まった。つまりディアジオは、長い歴史を持つブランドを買収と統合によって束ねてきた会社だ。自社で一つのブランドを育て上げたハイネケンとは、成り立ちからして異なる。
日本では、1998年にギネスの駐在事務所として活動を開始し、2004年にディアジオジャパンが法人として設立された。2009年にはキリンとの合弁会社を設立してギネスやジョニーウォーカーの販売を委ね、2021年4月に合弁を解消している。
現在は、ディアジオジャパンによる直接販売と、キリンビールなどパートナーを通じた販売がブランドごとに併存する形だ。ジョニーウォーカーの一部やギネス、スミノフアイスは現在もキリンビールが販売者となっている。またLVMHとの合弁「MHD モエ ヘネシー ディアジオ」も、日本市場での販売に関わってきた。
何を売っている会社か
年次報告書によれば、200を超えるブランドを、約180の国と地域で展開している。従業員は2万7500人以上、製造拠点は110か所を超える。
主要カテゴリー別の売上構成を見ると、この会社の姿がよく分かる。

スコッチが24%と最大で、次いでビール18%、テキーラ12%、ウォッカ8%、カナディアンウイスキー6%、ラム5%、リキュール5%、ジン4%、インド製洋酒4%、RTD4%、米国ウイスキー2%、中国白酒2%。これらで全体の94%を占め、残りはその他となる。
スピリッツを軸にしながら、ビールでもギネスという強力なブランドを持つ。この幅広さが特徴だ。同社は自らを「小売販売額ベースで国際スピリッツ第1位」であり、「2位の競合の1.8倍の規模」と説明している。
2. 会社の規模
FY2026(2026年6月期)の決算数値を見ていく。
純売上高は196億4300万ドル(約2兆9500億円)。前年から3.0%の減収で、為替や買収・売却の影響を除いたオーガニックベースでも2.0%の減少となった。数量が0.4%減、価格・構成の要因が1.6%のマイナスに働いた形だ。
利益は見方によって表情が変わる。特殊要因を除いた営業利益は56億8300万ドル(約8500億円)で、オーガニックベースでは2.0%の増益。営業利益率は28.9%と、前年から116ベーシスポイント改善している。
会社側はこの増益を、コスト削減によるものと説明している。実際、「Accelerate」プログラムによる削減額はFY2026で5億1400万ドルに達した。
一方、特殊要因を含む報告ベースの営業利益は31億5600万ドル(約4700億円)で、27.2%の大幅減益となった。差の要因は、9億ドル規模のリストラ費用と、15億ドルの減損損失である。
減損は主にトルコ事業と、ラム酒ブランドDon Papaの評価切り下げによるものだ。
つまり、売上が落ちる中でコスト削減によって増益を確保したが、その改革のために大きな一時費用を計上した——というのがFY2026のディアジオである。
3. 部門ごとの状況
ディアジオは事業を5地域に分けて報告している。その地域差は、極端と言っていいほど大きい。

まず押さえておきたいのが、北米が純売上高の4割近くを占めるという構造だ。72億4900万ドルは、2位のヨーロッパの1.4倍にあたる。ディアジオにとって北米は、他のどの地域とも比べものにならない主戦場である。
その北米が、オーガニックベースで8.4%減った。これがFY2026の最大の問題だ。
経営陣のコメントによれば、テキーラの売上が約21%減少している。カサミゴスとドン・フリオという主力テキーラブランドの不振が響いた。米国のスピリッツ業界全体が2.0%減という数字と比べても、ディアジオの落ち込みは際立って大きい。同社自身、北米で競争力を欠いていたと認めている。
アジア太平洋は6.3%減。中国白酒(バイジュウ)の不振が主因で、中国の純売上高は34.9%減、白酒の数量に至っては41.9%減となった。
背景にあるのは、2025年5月に中国共産党中央と国務院が改訂した「党政機関厳格な節約・浪費反対条例」である。
公務接待でのあらゆる酒類の提供が禁止され、違反すれば本人と所属機関の責任者が処分される。(詳細は『なぜ今、中国でノンアルコールワインが急拡大しているのか——アジア最大市場で起きていること』を参照されたい)
この影響はグループ全体の成長率を約1.5ポイント押し下げたとされ、中国白酒を除けばグループの減収幅は0.5%程度にとどまる計算になる。なおインドは約7%成長している。
一方で、伸びている地域もある。アフリカは13.3%増と最も好調。ラテンアメリカ・カリブは7.7%増で、ブラジルとコロンビアが牽引した。ヨーロッパも3.4%増で、英国とトルコでのギネスの好調が寄与している。
もう一つ、数量と売上の関係も興味深い。アジア太平洋は販売数量が7580万ケースと5地域で最大だが、純売上高は33億ドルで北米の半分以下にとどまる。
逆に北米は数量4610万EUで売上72億ドル。単価の差が、そのまま地域ごとの収益構造の違いになっている。
北米とアジア太平洋という二つの大市場が落ち込み、欧州・中南米・アフリカが支える。単純な「新興国が伸び、先進国が苦戦する」という図式には収まらない構図だ。
4. 注力している分野
ギネスという突出した存在
FY2026のディアジオを語るうえで欠かせないのがギネスだ。
通期でオーガニック純売上高が12%成長、数量も7%伸びた。ビールカテゴリー全体も9%成長しており、その牽引役がギネスである。主要3市場でシェアを拡大した。
グループ全体の純売上高が2.0%減っている中での12%成長だから、その突出ぶりが分かる。
同じ期間、ジョニーウォーカーは2%成長にとどまっている。世界的にビール市場が縮小傾向にある中で、ギネスは例外的な位置にいる。「ギネスの売却はないのか」という市場の観測に対し、同社が「その意図はない」と明言したのも、その重要性を物語る。
流通面での工夫も進んでいる。「ギネス・マイクロドラフト」という小型のドラフトシステムが、これまで生ビールを扱えなかった小規模店舗への展開を可能にし、新たな流通機会を開いたとされる。
RTDへの注力
スピリッツRTD(そのまま飲める缶入りカクテルなど)も成長領域だ。FY2026通期でオーガニック純売上高が15%成長、数量は25%増加した。スミノフRTDが牽引役となっている。
同社はRTDを、モデレーション(節度ある飲酒)を支える存在としても位置づけている。手軽さがあり、度数を抑えた選択肢を提供できるためだ。
大規模なコスト削減と組織改革
FY2026の決算で目立つのが、構造改革への踏み込みだ。
「Accelerate」と名付けたコスト削減プログラムで、FY2026に5億1400万ドルを実現した。
これは計画の85%にあたる。さらに新たな運営体制(オペレーティング・フレームワーク)の導入を進めており、その実装に7億5200万ドルを投じている。
CEOのサー・デイブ・ルイスは、この節約によって「営業利益を減らすことなく、事業の立て直しに投資できる」と説明している。
資産の売却
負債の圧縮も急務となっている。東アフリカのビール会社East African Breweries(EABL)の65%持分をアサヒグループホールディングスへ売却することで合意しており、これによりレバレッジ(純有利子負債のEBITDA倍率)が約0.25ポイント下がる見込みだ。
5. 直面している課題
FY2026のディアジオは、明確に苦境にある。
最大の課題は北米市場での競争力低下だ。売上の4割を占める市場での8.4%減は、単なる市場環境の悪化では説明しきれない水準である。
会社側も、測定対象市場においてシェアを維持または拡大できたのは純売上高の約35%にとどまると認めている。裏を返せば、6割以上の事業でシェアを落としているということだ。
中国白酒事業の不振も重い。市場の政策変更による消費減退が主因で、グループ全体の成長率を約1.5ポイント押し下げた。
財務面の圧迫も深刻だ。FY2026末の純有利子負債は205億ドル(約3兆750億円)、レバレッジは3.1倍。前年の3.4倍からは改善したが、依然として高い水準にある。
そして株主への還元も削られた。年間配当は前年の103.48セントから50セントへと、半分以下に減額された。2026年2月に発表された新しい配当方針に沿ったもので、配当性向を30〜50%とし、年間最低50セントを維持するという内容だ。
6. 決算書から見えてくる、ノンアルコールへの取り組み
さて、本題である。
ディアジオのノンアルコールを読むと、この1年で戦略の形そのものが変わりつつあることが見えてくる。
FY2025まで:買収でカテゴリーを取りに行く
まず、これまでの経緯を押さえておきたい。
ディアジオのノンアルコール事業は、外部のスタートアップを育て、買収することで築かれてきた。その装置が「Distill Ventures」である。
2013年に設立された、世界初のスピリッツ業界向けアクセラレーターだ。ディアジオが唯一の出資者となり、独立運営される形で、35社以上に2億4500万ポンド以上を投じてきた。
代表例がSeedlipだ。2015年にベン・ブランソンが立ち上げた、世界初の蒸留ノンアルコールスピリッツ。2016年6月にDistill Venturesが少数出資し、2019年にディアジオが過半数の株式を取得した。
同じ道筋を辿ったのがRitual Zero Proofである。2019年にシカゴで創業し、翌2020年にDistill Venturesが少数出資。そして2024年9月、ディアジオが完全買収した。IWSRのデータによれば、米国でノンアルコールスピリッツ売上第1位のブランドである。
この戦略は成果を上げた。FY2025の年次報告書で、CEOはこう述べている。「より広範なノンアルコール・ポートフォリオも25年度で力強い業績を上げ、約40%成長した。とりわけギネス0.0の勢いが強く、二桁の純売上高成長を達成した」。同時期の資料では、「ノンアルコールスピリッツにおける当社のリーダーシップは、最も近い競合の4倍以上の規模」とも説明している。
しかし、その仕組みは止まった
ところが2025年3月、ディアジオはDistill Venturesへの新規ブランドの受け入れを停止した。同社の広報はこう説明している。
「10年以上にわたってDistill Venturesと共に新興スピリッツブランドを育て、規模を拡大してきたが、アーリーステージのベンチャー投資へのアプローチについて戦略的な見直しを行った。今後、新規ブランドをDistill Venturesのプログラムに迎え入れることはない。縮小したチームが、限られた既存投資を管理する」
背景には、業績悪化を受けた資本配分の見直しがあるとされる。SeedlipとRitual Zero Proofを生んだ仕組みは、こうして役割を終えた。
FY2026:数字は消え、しかし投資は続く
FY2026の決算資料を見ると、変化はさらに明確だ。
グループ全体のノンアルコール・ポートフォリオの成長率は、開示されなくなった。
FY2025に示された「約40%」に相当する数字が、見当たらない。主要カテゴリー別の売上構成にも、ノンアルコールという区分は存在しない。
ただし、個別の記述はある。年次報告書によれば、英国でギネス0.0が数量・純売上高ともに二桁成長を達成。ノンアルコール製品は17市場で、ギネス0.0は12市場で展開されている。活動が止まったわけではない。
そして何より、投資が続いている。2026年5月、ディアジオはアイルランドに、約4億ユーロを投じてギネスとギネス0.0専用の第二醸造所を建設すると発表した。着工は2026年、3年計画で、サイト全体の生産能力は倍以上になる。これはアイルランドでの2020年から2029年にかけての約10億ユーロの投資計画の一部で、すでにダブリンのセント・ジェームズ・ゲートとベルファストの包装施設では、ギネス0.0のための能力増強が完了している。
CEOのデイブ・ルイスはこの発表の際、「ギネスとギネス0.0の需要は急増している」と語った。北米が崩れ、減損を計上し、配当を半減させた会社が、ギネス0.0のために新しい醸造所を建てている。
「飲まないことへの圧力」に挑んだキャンペーン
もう一つ、FY2026の年次報告書で目を引くのが、キャンペーンへの言及だ。
同社は「Guinness Beer Pressure」というキャンペーンを、2026年2月から6月にかけて展開した。
年次報告書はその狙いをこう説明している。ギネスは、ノンアルコールを選ぶことに伴う社会的なスティグマ(負の烙印)に取り組んだ。"beer pressure"(飲めという同調圧力)に異を唱え、ギネス0.0を信頼できる選択肢として打ち出した。
このキャンペーンは、アルコールを飲まないという選択を社会的に受け入れられ、文化的に意味のあるものにすることで、モデレーションを大規模に常態化させるという当社の野心を支えるものである、と。多額のメディア投資を伴ったとも明記されている。
同じくFIFAワールドカップ期間中には、ラテンアメリカと北米で「The Best Move: Celebrate Responsibly」というキャンペーンを展開した。モデレーションこそが情熱を可能にする、という発想に基づき、ペースを保つ、水を飲む、食べる、安全な帰路を計画するといった行動を促す内容だったという。
生産能力への投資と並行して、「飲まないという選択をしやすい空気」を作ることにも投資している——それがFY2026のディアジオの姿だ。
決算書が語ったこと
FY2026のディアジオは、明確な転換点にある。
売上の4割を占める北米で競争力を失い、中国白酒が崩れ、15億ドルの減損を計上し、配当を半減させた。
営業利益を増やせたのは、大規模なコスト削減によるものだ。会社は運営体制そのものを作り替える改革の途上にある。
その中で、ノンアルコールはどう扱われているのか。
まず、事業としての規模はまだ小さい。決算書の主要カテゴリー別売上にノンアルコールの区分はなく、FY2026にはグループ全体の成長率の開示もない。
FY2025の約40%成長という数字は目を引くが、それは母数が小さいからこそ出せる数字でもある。現時点で、ディアジオの業績を支えているのはギネスとスピリッツであって、ノンアルコール単体ではない。
だが、より重要なのは規模の話ではない。取り組みの形が変わりつつあることだ。
かつてディアジオは、外部のスタートアップを育てて買い取ることでノンアルコールに参入した。SeedlipもRitual Zero Proofも、その産物である。「新しいカテゴリーは外から来る」という前提に立った、周到な仕組みだった。しかし2025年3月、その仕組みは新規受け入れを停止した。
代わりに前面に出てきたのが、ギネス0.0である。
既にある巨大ブランドの延長線上で、ノンアルコールを伸ばす。4億ユーロを投じた専用醸造所は、その意思表示だ。買収によって新しいブランドを取り込むのではなく、自社の最強ブランドの名を借りてカテゴリーを広げる。ハイネケンが自社ブランドのゼロ版を各市場に広げてきたのと、近い形に寄ってきたとも言える。
そしてもう一つ、ディアジオが投じているのがキャンペーンだ。「Guinness Beer Pressure」は、製品の宣伝ではない。「飲まないと言いづらい」という社会の空気そのものに働きかける試みである。ノンアルコール製品がどれだけ良くなっても、それを頼みにくい空気があれば売れない。
象徴的に言えば、ハイネケンが1万店舗超で0.0の生ビールを提供することで「注いでもらえる状態」を作ろうとしたのに対し、ディアジオは「頼みやすい空気」を作ろうとしている。
どちらも短期の売上には表れにくいが、市場そのものの形を変えうる投資だ。
苦境にある会社が、それでもこの領域に資源を割いている。ただしその割き方は、この1年で確かに変わった。次の決算書が、この転換の行方を教えてくれるはずだ。



