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日本人はなぜ酒に弱いのか──答えは酒とは無関係だった

一杯目のビールで顔が赤くなる。二杯目で動悸がしてくる。翌朝は頭が痛い。


日本ではめずらしくもない光景です。飲める人と飲めない人がいて、飲めない人は「体質だから」と説明し、周囲もそれで納得する。あまりに日常的なので、疑問を持つ機会すらありません。


数字で見ると、その規模がわかります。日本人のおよそ四割が、アセトアルデヒドの分解能力が低い低活性型にあたります。まったく分解できない不活性型も数パーセント存在する。報告によって幅はありますが、日本人の半数近くが、程度の差こそあれ酒に弱い体質を持っていることになります。


ところが世界を見渡すと、これは相当に奇妙な現象です。


欧米では、一杯飲んだくらいで顔が真っ赤になる人はほとんどいません。あまりに珍しいので、英語の医学文献にはわざわざ "Oriental flushing reaction"――東洋人の紅潮反応――という名前がついているほどです。地域名を冠した用語がある。それだけで、この体質の偏りが際立っていることがわかります。


しかも、その分布には濃淡があります。変異型の頻度は中国南部で最も高く、周辺地域へ向かうほど低下していく。この多型は中国大陸南部からもたらされたと考えられており、日本はその濃い側に位置しています。


なぜ、この地域の人間だけが酒に弱いのでしょうか。

日本人はなぜ酒に弱いのか──答えは酒とは無関係だった
顔を赤くしているのは、アルコールではない

まず、体の中で何が起きているかを整理します。


摂取したアルコールは、まずアセトアルデヒドという物質に分解されます。これが厄介な代物で、毒性が高い。顔の紅潮、動悸、頭痛、吐き気といった不快な症状は、アルコールそのものではなく、このアセトアルデヒドが引き起こしています。


通常はALDH2という酵素が、これをすばやく無害な酢酸へ変えます。


ところが東アジアには、このALDH2遺伝子に変異を持つ人が多い。変異型の酵素は働きが弱く、アセトアルデヒドが体内に滞留します。


つまり「酒に弱い」というのは、意志や慣れの問題ではありません。毒性物質が分解されずに体内をめぐっている状態です。赤くなった顔は、体からの警告表示にほかなりません。

「酒に適応した結果」という、もっともらしい説明

この体質について、しばしばこう語られます。


東アジアでは古くから酒が造られてきた。だから、飲みすぎると具合が悪くなる体質を持つ者が有利になった。彼らは酒に溺れず、依存せず、体を壊さずに済んだ。世代を重ねるうちに、その遺伝子が広がった――。


酒という脅威に対する、人類の防御反応。物語としてはよくできています。

しかし近年、この筋書きそのものを疑う研究が出てきました。


そもそも、酒は関係なかったのではないか、という説です。

アセトアルデヒドには、抗菌作用がある

2024年、Deianaらの研究チームが発表した論文は、ADH1BとALDH2の変異型がアジア集団で高頻度に見られる理由として、病原体への曝露と新石器時代の食生活の変化による選択圧を提唱しました。


彼らはデータベースから、それぞれ88カ国・61カ国分の平均頻度を算出し、各国の生態学的変数と突き合わせています。


その統計解析から、マイコバクテリア――結核菌やらい菌の仲間――が、これらの変異の主要な選択者のひとつであるという証拠を示しました。


なお、これは彼らが無から唱えた説ではありません。アセトアルデヒドの毒性が病原体に対して働くという「毒性アルデヒド仮説」は以前から存在しており、この論文はその射程をらい菌にまで広げたものです。


論理はこうです。


アセトアルデヒドには抗菌作用があります。そして重要なのは、この物質は酒を飲まなくても体内で生じているということです。人間の代謝過程では、常に微量のアセトアルデヒドが発生しています。


ALDH2変異型を持つ人は、それを分解しにくい。つまり飲酒とは無関係に、平常時から組織内のアセトアルデヒド濃度がわずかに高く保たれます。


結核が猛威をふるう環境では、この体質が生存に有利に働いた。感染症の圧力が強い地域でこの変異が広まったのは、そのためではないか。それが彼らの主張です。

「酒に弱い」は結果論

もし感染症仮説が正しいなら、選ばれたのは「病原体に強い体質」であって、「酒に弱い体質」ではありません。


酒がなければ、この遺伝子は平常時のアセトアルデヒド濃度をわずかに高く保つだけです。


持ち主本人も気づかない。そこへ酒が持ち込まれて初めて、顔が赤くなるという別の顔が現れます。


つまり「酒に弱い」は、酒が存在して初めて姿を現す性質です。変異が広まっていった時代には、まだ誰の目にも見えていなかった。選びようがありません。


祖先は酒から身を守るために進化したのではない。別の脅威から身を守った結果、たまたま酒に弱くなった。

まだ、答えは出ていない

正直に書いておきます。


この仮説は比較的新しく、学界の合意になったわけではありません。何がこの変異を広げたのかについては、遺伝学の総説論文も "still debated"――いまだ議論が続いている、と記しています。


分かっているのは、この変異が東アジアで広まったのは、それが何らかの理由で有利だったからだということだけです。


けれど、理由が何であれ、ひとつ確かなことがあります。


「酒に弱い」は、劣った性質ではない。


進化の敗北でもなければ、鍛え方が足りないのでもない。それは、この地域で生き延びた人々が受け継いできた形質です。長い選択の結果として、いま私たちの体に残っている痕跡です。


参考資料


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