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ノンアルコールビールの黎明期——120年前の特許がたどる、ニアビールへの道のり

禁酒法時代のアメリカに、奇妙な飲み物があった。「ニードルビア(注射器のビール)」と呼ばれたそれは、アルコールを抜いたビールに、別添のアルコールを注射器で注ぎ戻して飲むという、本末転倒なシロモノだった。


笑い話のようだが、この逸話は一つの事実を物語っている。


アルコールを抜いたビール——ノンアルコールビールは、決して最近の発明ではない。その技術は、100年以上前の特許とそして特許をもとにしたニアビールまでさかのぼる。

ノンアルコールビールの黎明期——120年前の特許がたどる、ニアビアへの道のり
確認できる、最初期の特許

ノンアルコールビールの技術史をたどると、19世紀末の特許に行き着く。


1898年、イギリスで「非酔性飲料の製法の改良」と題された特許が登録された。出願したのはウィリアム・フィリップス・トンプソン、出願主体は"Non-Intoxicant Beverage Co."。


その製法はこうだ。通常通りにビールを発酵させた後、液体を煮沸してアルコールと炭酸を飛ばす。そこへ、部分発酵麦汁(クロイゼン)を15%加えて、ラガービールの味・見た目・泡を復元する。


注目すべきは、これが「ビールを作ってから、アルコールを抜く」という発想に立っていることだ。


今日の脱アルコールビールの基本的な考え方が、120年以上前にすでに特許として形になっていた。そして社名が示す通り、これは趣味の発明ではなく、商業的な狙いを持った技術だった。

「味が落ちる」という、最初からの課題

それから20年後の1918年、アメリカで一歩進んだ特許が公開される。


醸造科学者ハーマン・ホイザーによる「アルコール低減飲料の製法」である。この特許が興味深いのは、ある課題に正面から取り組んでいる点だ。


ホイザーは特許の中で、長時間の煮沸が脱アルコールビールに「よく知られた不快な味と匂い」を与え、コクや泡立ちを損なうと明記している。


つまり、「アルコールを抜くと味が落ちる」という、今日のノンアルコールビールでも語られる課題は、すでに100年以上前に認識されていた。


ホイザーの解決策は巧妙だった。ビールを薄い膜状に流しながら、真空中で瞬間的に加熱する。短時間で処理することで、味を損なわずにアルコールだけを蒸発させる。これは、現代のノンアルコールビール製造で使われる減圧蒸留法の原型といえる。


技術の核心は、発明の当初から「いかにアルコールを抜くか」ではなく、「いかに味を保ったままアルコールを抜くか」にあった。

なぜ、この時代だったのか

二つの特許の年代——1898年と1918年——は、偶然ではない。背景には、アルコールをめぐる社会の大きなうねりがあった。


19世紀後半から、欧米では禁酒運動が高まっていた。


そしてついに1919年、アメリカ議会はボルステッド法(禁酒法の施行法)を可決。「酔わせる飲料」をアルコール0.5%超と定義し、ビールもワインも含めて禁じた。1920年から1933年まで、アメリカは禁酒の時代に入る。


ホイザーの特許が出された1918年は、まさにこの法制化の直前にあたる。低アルコール・脱アルコールの技術が、社会から切実に求められていた時代だったのだ。技術は、純粋な好奇心からだけでなく、社会的な圧力に押されて発展した。


ちなみに、禁酒法が定めた「0.5%未満」という基準は、今日の世界各国のノンアルコール飲料の定義に、形を変えて受け継がれている。100年前の禁酒法の線引きが、現代のノンアルコールビールの輪郭を、いまも縁取っている。

ニアビアの時代

禁酒法下で、脱アルコール技術は一気に実用化された。


酒を造れなくなった大手醸造会社は、生き残りをかけて「ニアビア(near beer)」を造り始めた。通常のビールを醸造し、そこからアルコールを煮沸で飛ばして0.5%未満に抑えた飲み物だ。


アンハイザー・ブッシュは「Bevo」、パブストは「Pablo」という銘柄で、この市場に乗り出した。まさに、トンプソンやホイザーの特許が示した「ビールを作ってからアルコールを抜く」製法が、社会全体の規模で実用化された瞬間だった。


冒頭の「ニードルビア」も、この時代の産物である。一部の業者は、抜き取ったアルコールを小さな容器で別添し、消費者が注射器でビールに戻せるようにした。禁酒法をかいくぐる、ささやかな抵抗だった。


しかし、ニアビアは禁酒法が廃止された1933年以降、急速に人気を失う。理由は単純で、味が平凡だったからだ。「アルコールを抜くと味が落ちる」というホイザーが直面した課題は、結局この時代にも解ききれなかった。


酒が自由に飲めるようになれば、わざわざ味の劣るニアビアを選ぶ理由はなかったのだ。

現代のブームは、長い系譜の最新章

ノンアルコールビールは、しばしば「新しいトレンド」として語られる。健康志向、ソバーキュリアス、ライフスタイルの多様化——たしかに現代のブームには、現代固有の背景がある。


だが技術の歴史をたどれば、その源流は120年以上前にさかのぼる。


脱アルコールの発想は19世紀末に特許化され、禁酒法という社会的圧力の下で実用化され、そして「味をどう保つか」という課題と、最初から格闘し続けてきた。


現代のノンアルコールビールが、かつてないほど美味しくなっているのは事実だ。

現代のブームは、その長い技術史の、最新の一章なのだ。


参考資料

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