嗜好品は「多様化しすぎると縮む」のか——アパレル市場の三層構造が教えること
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- 6 日前
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「選択肢が増えれば、市場は豊かになる」。
これは、多くの嗜好品ビジネスが暗黙のうちに信じてきた前提だ。
消費者の好みが多様化するなら、それに応えて商品の幅を広げればいい。種類が増えれば間口が広がり、市場は成長する——。
しかし、本当にそうだろうか。アパレル市場の歩みを振り返ると、この前提が必ずしも成り立たないことが見えてくる。むしろ「多様化に応えようとした層」ほど、市場が縮んでいるのだ。

アパレル市場は三つの層に分かれている
国内のアパレル市場を分析したローランド・ベルガーのレポート(2015年)は、市場を主要価格帯別に三つの層に分けている。
シャツ一枚が二万円以上する「ラグジュアリー」、七千円から二万円程度の「トレンド(中価格帯)」、七千円以下の「マス・ボリューム」だ。
経済産業省のファッション市場分析も同様に、市場をラグジュアリー・ミドル・ローの三層で捉えており、この区分は業界で広く共有された見方といえる。
興味深いのは、この三つの層が、まったく異なる動き方をしていたことだ。
ローランド・ベルガーの分析によれば、2013年から2017年の年平均成長率は、ラグジュアリー市場が0.0%、マス・ボリューム市場が-0.5%でほぼ横ばいだったのに対し、中価格帯のトレンド市場だけが-2.4%と、突出して縮小していた。
市場全体としては横ばいで推移する中、中間層だけが沈んでいたのである。
多様化の影響は、市場全体に均一に及んだのではない。特定の層を直撃していた。
なぜ中間層だけが縮んだのか
では、なぜ中価格帯だけが縮んだのか。ローランド・ベルガーは二つの要因を挙げている。
ひとつは、価値観の多様化だ。かつて中価格帯が成長した背景には、消費トレンドの「一様性」があった。
一定規模の消費者が、皆で一斉に流行のブランドを買い求める。
だからメーカーはトレンドを作り出し、まとめて消費者を取り込めた。
ところが2000年頃を境に価値観の多様化が一気に進み、消費者は「自分の好きなものを着る」スタイルへと変わった。服は流行に乗るためのものではなく、自分のライフスタイルを示すものになった。
この変化に対応しようと、メーカーはブランドを増やした。
多様な好みのひとつひとつに応えようとすれば、ブランドの数を増やすしかない。そこにファストファッションの台頭も重なり、中価格帯にはブランドが溢れ返った。結果として、レポートが指摘するのは「小粒なブランドが増え、ブランドあたりの投資効率が大きく低下した」という事実だ。
ここから、ひとつの仮説を立てることができる。
多様化に応えてブランドを増やすことは、一見すると正しい戦略に見える。
しかしそれは、市場というパイを細かく切り分けることでもある。
競合が増えれば、本来はブランドへの投資を増やして競争を勝ち抜かねばならない。ところがパイが細分化された分、一ブランドあたりの売上は縮む。投資を増やすべき局面で、投資の原資が減ってしまうのだ。
そして、ブランドには「投資の閾値」とでも呼ぶべきものがある。世界観を消費者に伝え、確固たるイメージを築くには、店舗、広告、デジタルといった顧客接点への、一定規模以上の継続的な投資が要る。
小粒化して原資がこの閾値を割り込むと、投資をしてもブランドが立ち上がらない。立ち上がらないから埋没し、埋没するからさらに売れない。多様化への対応が、かえって個々のブランドの体力を奪う——そんな逆説が働いていたのではないか。
これは単なる推測ではない。コロナ禍が市場を直撃するより前、2015年度の時点で、すでに総合アパレル大手のワールドは「オゾック」など複数のブランドを廃止し、全店舗の約15%にあたる400〜500店の閉鎖に踏み切っている。
当時の報道はこれを「惰性のツケ」と評した。多くのブランドを抱え込んだ総合型アパレルが、その重さを支えきれなくなっていた構造的な現れだった。
何が裾野を支えたのか
一方で、横ばいを保った二つの層がある。マス・ボリュームとラグジュアリーだ。この両端が沈まなかったことにこそ、ヒントがある。
マス・ボリューム市場を象徴するのがユニクロだ。
ユニクロの戦略は、多様化に逆らうものだった。細分化された好みのひとつひとつを追いかけるのではなく、誰もが必要とする「ベーシック」に絞り込む。
ローランド・ベルガーの消費者セグメント分析でも、特定の価値観に寄らない「マス・ベーシック」層は、男性で42%、女性でも最大級と、突出して大きな塊として描かれている。ユニクロが押さえたのは、この「価値観で分裂しない最大公約数」だった。
ここで重要なのは、ユニクロの均質化が「安売り」ではなかったことだ。高品質な素材、機能性、ベーシックなデザインを、手頃な価格で安定供給する。
ヒートテックに象徴されるように、価値観に左右されない「全員に必要なもの」を、品質で裏打ちして提供した。均質化とは、価値を切り詰めることではなく、最大公約数を発見し、そこに資源を集中することだったのである。
もう一方のラグジュアリー市場は、まったく逆の原理で生き残った。
こちらは多様化のさらに先、「唯一無二」を突き詰める層だ。代替の効かない世界観、希少性、物語。最大公約数とは正反対だが、「他では得られない」という一点で価値が成立している。
つまり、生き残った両端には共通点がある。マス・ボリュームは「最大公約数」を、ラグジュアリーは「唯一無二」を、それぞれ明確に押さえていた。曖昧さがない。沈んだ中間層は、その両方になりきれず、多様化の波の中で立ち位置を見失った層だった。
嗜好品市場全体への示唆
アパレルから抽出できるこの構造は、アパレルだけの話だろうか。
おそらく、そうではない。嗜好品市場には、共通して三つの層が存在する。最大公約数を押さえるマス層、唯一無二を突き詰めるラグジュアリー層、そしてその間で「ほどよい多様性」を提供する中間層だ。
そして、嗜好の多様化が進んだ成熟市場では、中間層が最も難しい立場に置かれる。
多様化に応えようと品揃えを広げれば、ひとつひとつが小粒になり、投資が分散し、どれも中途半端に埋没する。
かといって絞り込めば、多様な好みのどれかを取りこぼす。この板挟みこそが、中間層の構造的な弱さだ。
ここで注意したいのは、これは「成熟市場特有」の現象かもしれないという点だ。
経済産業省の分析によれば、世界全体ではミドル帯(中価格帯)も拡大が見込まれている。ただしそれは、新興国で所得が上昇し、中間層そのものが物理的に増えているからだ。人口が増え、新たに市場に参入する消費者が次々と現れる局面では、中間が多様化しても、新規の需要がそれを吸収する。
問題は、日本のように人口が減り、市場が成熟し、新規の流入が止まった市場だ。
そこでは多様化は新たな需要を生まず、既存のパイの細分化として作用する。同じ「多様化」でも、成長市場では豊かさの源泉になり、成熟市場では消耗の原因になりうる。
多様化は、善でも悪でもない
「選択肢が増えれば市場は豊かになる」という前提を、私たちはもう一度問い直す必要がある。
多様化それ自体は、善でも悪でもない。市場が成長段階にあり、新たな消費者が流入し続けるなら、多様化は市場を豊かにする。
だが市場が成熟し、パイの大きさが頭打ちになったとき、際限のない多様化は、ひとつひとつの選択肢を支えきれないほど細分化し、かえって市場の体力を奪う。
豊かさを「選択肢の数」と同一視する発想は、成熟市場では通用しない。
むしろ問われるのは、最大公約数を品質で押さえる層をどう育てるか、あるいは唯一無二の価値をどう突き詰めるか、という明確な立ち位置の選択だ。
嗜好品を扱う作り手にとって、アパレル市場の三層構造は、他人事ではない問いを投げかけている。自分の市場は、いまどの段階にあるのか。そして自分のブランドは、最大公約数と唯一無二の、どちらに軸足を置くのか——。多様化の時代だからこそ、その問いから目をそらせない。
参考資料
ローランド・ベルガー:アパレル市場を科学する(2015年7月)



