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なぜ"ダイエットビール"は失敗したのか——価値づけが市場を作った話

アメリカのビール市場で、ライトビールは4割を超えるシェアを持つ。


バドライト、クアーズライト、ミラーライト。低カロリーを売りにしたこれらのビールは、いまや市場の主流と言っていい。


だが、その出発点は完全な失敗作だった。


同じ製法で作られた最初の製品は、誰にも受け入れられずに消えている。


技術は同じ、味もほぼ同じ。それでも一方は失敗し、もう一方は市場を作った。


両者を分けたのは、製品そのものではなく、「なぜこれを飲むのか」という説明だった。

なぜ"ダイエットビール"は失敗したのか——価値づけが市場を作った話
1966年、ダイエットビールという発明

話は1960年代に遡る。


スイスの化学者ヘルシュ・ガブリンガーが、ビールのカロリーを減らす製法を考案し、1964年にスイスで、翌年にはアメリカで特許を出願した。アミログルコシダーゼという酵素を加えることで、通常なら残ってしまうデンプンを分解し、酵母が発酵しきれるようにする。これによりカロリーを約3分の1削減できた。


ニューヨークのラインゴールド醸造所がこの製法の独占権を買い、生化学者ジョセフ・オウェイズが製品化を担当した。


1966年12月、「ガブリンガーズ・ダイエットビール」として発売される。


当時の市場環境を考えれば、これは合理的な製品だった。


オウェイズは後にこう振り返っている。ビールを飲むと太るというのが当時の一般的な認識で、ジョギングをする人などおらず、誰もがビール腹になると信じていた。


味を変えることはできないが、カロリーについては何かできる、と。

ニーズは確かに存在していた。製法も画期的だった。

それでも、売れなかった

しかし、ガブリンガーズ・ダイエットビールは失敗する。


売り方は工夫されていた。缶には医師の絵が描かれ、「体に良い」という医学的なニュアンスが前面に出されていた。ターゲットはダイエットを気にする消費者、とりわけ女性だった。


ニューヨーク・タイムズ・マガジンは後年、1960年代後半のアメリカにおいて、ライトビールは「漠然と医療的なもの」か「ダイエットを強く意識する人、特に女性のためのもの」として売られていた、と評している。


製品は市場から消えた。


同じ製法を引き継いだシカゴのマイスターブラウが「マイスターブラウ・ライト」として再挑戦したが、こちらも失敗に終わった。


問題は製品ではなかった。技術は機能していたし、カロリーは実際に削減されていた。


売れなかったのは、「ダイエットのために飲むビール」という位置づけそのものだった。


ビールは、楽しむために飲むものだ。仕事の後の解放感、仲間との時間、単純にうまいから飲む。そこに「痩せるために」という理由を持ち込むと、飲む行為の意味が薄れる。楽しみのための飲み物を、我慢のために飲む。この矛盾を、消費者は敏感に感じ取った。

1973年、ライトビールの誕生

1972年、経営難に陥ったマイスターブラウが、ブランドをミラー・ブルーイング社に売却する。ライトビールのレシピも、ミラーの手に渡った。


過去二度の失敗からこれをダイエットビールとして売っても通用しないことは明らかだった。当時のミラー社長マーフィーは、、別の角度が必要だと判断する。


ミラーはオウェイズのレシピに手を加え、自社の言葉を借りれば「ビールらしい味のする低カロリーの一杯」を作り上げた。


そして広告代理店マッキャン・エリクソンと組み、ダイエットに関連する要素をすべて捨てた。


1973年のテスト販売から、彼らが起用したのは元プロスポーツ選手たちだった。


引退したアメリカンフットボール選手をはじめ、当時の「男らしさ」を体現する人物を次々と広告に登場させた。


長年使ってきた「The Champagne of Beers(ビールのシャンパン)」という自社のキャッチコピーも下ろし、代わりにこう掲げた。


"Great Taste, Less Filling"——うまい。そして、もたれない。


もう一つのコピーはこうだった。


"Everything You Always Wanted in a Beer. And Less."——ビールに求めるすべてが、ここにある。そして、より少なく。


1975年に全国発売されたミラー・ライトは、アメリカのビール産業史上、最も成功した新製品となった。


ミラーはアンハイザー・ブッシュに次ぐ業界2位に浮上する。


1973年以前にはほぼ皆無だったライトビールの売上は、2002年にはアメリカのビール市場の44%を占めるに至った。

変わったのは、説明だけだった

ここで確認しておきたいのは、技術も製品も、ほとんど変わっていないということだ。


酵素で糖を分解し、カロリーを削減する。ガブリンガーズもマイスターブラウ・ライトもミラー・ライトも、同じ原理で作られている。


ミラーは味の調整を行ったが、根本的な発明があったわけではない。


変わったのは、「なぜこれを飲むのか」という説明だった。


「痩せるために、我慢して飲む」から、「うまいのに、たくさん飲める」へ。


前者は引き算の説明だ。何かを削った、我慢の産物として製品を語っている。後者は足し算の説明である。うまさは損なわれておらず、その上でもたれないという利点が加わっている、と語っている。


同じ低カロリーという事実が、一方では「制限」として、もう一方では「利点」として説明された。


市場が生まれるかどうかを分けたのは、この一点だった。

いま、同じ問いの前に

この話は、半世紀前の他業界の逸話にとどまらない。


ノンアルコール飲料もまた、「何かがない」ことによって定義されてきたカテゴリーだ。


アルコールがない、という引き算で名乗り続けている。そしてしばしば、「飲めないから仕方なく選ぶもの」として扱われてきた。


運転がある、体質的に飲めない、妊娠している。これらはいずれも制約であり、我慢の理由だ。


ダイエットビールが教えるのは、引き算の価値づけでは市場が作れないという事実である。


「痩せるために我慢する」という理由は、ビールを飲む本来の動機と噛み合わなかった。同じように、「飲めないから仕方なく」という理由だけでは、飲み物としての魅力は生まれにくい。


もっとも、この転換はすでに始まっている。


大手飲料メーカーの多くが、ノンアルコールを「飲まない人のためのもの」ではなく「誰もが、どんな場面でも選べるもの」として語り始めている。


飲めないから飲むのではなく、飲みたいから飲む。その説明を用意できるかどうかが、問われている。


ミラーが変えたのは、レシピではなく言葉だった。そして言葉が、市場を作った。


参考資料


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