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成長市場で、勝つスタートアップ、苦しむスタートアップ——ノンアルコール業界から読む、カテゴリー開拓の現実

市場が成長していれば、ビジネスもうまくいく——そう思いたいところだが、現実はそう単純ではない。


ノンアルコール飲料市場はここ数年、世界的に急成長を続けている。消費者の健康意識の高まり、若年層の飲酒離れ、Dry Januaryの定着——追い風は揃っている。


それでも、この市場で戦うスタートアップの多くが、資金難に陥っている。

成長市場で、勝つスタートアップ、苦しむスタートアップ——ノンアルコール業界から読む、カテゴリー開拓の現実
Boissonの破産が示したこと

2024年4月、米国のノンアルコール専門小売Boissonが連邦破産法第11条の適用を申請し、全8店舗を閉鎖した。


Boissonはノンアルコール飲料専門の「聖地」として注目を集め、ペルノ・リカールのベンチャー部門を含む投資家から総額約3,500万ドルを調達していた。


2023年の売上は小売・ECを合わせて約1,100万ドル。数字だけ見れば成長軌道にあった―しかし資本が尽きた。


創業者のNicholas Bodkinsは破産申請後のLinkedInへの投稿でこう述べた。


「これはノンアルコールカテゴリーの失敗ではない。成長しすぎた、失敗したベンチャー投資スタートアップの話だ」


実店舗・EC・卸の3事業を同時に走らせようとしたことが「振り返れば不可能なほど難しかった」とも認めている。


成長市場固有の「罠」

Boissonの失敗は特殊なケースではない。ノンアルコール市場には、成長市場だからこそはまりやすい構造的な罠がある。


  • 教育コストが極めて高い

既存カテゴリーへの参入と違い、新しいカテゴリーを開拓するスタートアップは「市場そのものを育てる」コストを負担しなければならない。


消費者にノンアルコールビールの存在を知ってもらい、試してもらい、習慣にしてもらうまでのコストは、既存の飲料カテゴリーへの参入コストとは桁が違う。


Lucky Saintのマーケティングディレクターは「英国では1年間にパブを訪れる客の4分の1がアルコール以外を注文しているのに、会場側が適切な選択肢を提供できていないことで年間8億ポンドの機会損失が生まれている」と語っている。


市場ポテンシャルは本物でも、それを現金に変えるまでの道のりは長い。


  • 単価構造の限界

ノンアルコール飲料は「アルコールより安いはず」という消費者の先入観と戦わなければならない。


Lucky Saintはあえてプレミアム価格(1本1.5〜2ポンド)を維持したが、これは例外的な戦略だ。多くのノンアルコールスタートアップは価格競争に引き込まれ、薄いマージンのまま販売量だけを追う構造になりやすい。


  • リピート率の構造的な低さ

アルコール飲料と比べて、ノンアルコール飲料は「もう一杯」が生まれにくい。


これは嗜好性の問題だけでなく、エタノールが持っていた依存性・報酬系への刺激がない分、習慣化のサイクルが弱いという生理的な背景もある(※「ノンアルコールは、なぜ『もう一杯』が生まれにくいのか」参照)。


売上を積み上げるのに、より多くの新規顧客獲得が必要になる。


  • 大手参入による「いいとこ取り」

スタートアップが市場を開拓すると、その果実を大手が刈り取る構図が繰り返される。


Heineken 0.0、Corona Cero、アサヒのアサヒゼロ——大手はすでに認知された自社ブランドを使い、流通網を活かしてノンアルコール市場に参入してきた。


スタートアップが数年かけて消費者教育に投資した市場を、大手が後から低コストで取りに来る。

生き残るスタートアップの条件

では、この構造の中でどうすれば生き残れるのか。Boissonの失敗と、Lucky SaintやAthletic Brewingの成功を対比すると、いくつかの条件が見えてくる。


  • 「カテゴリー」ではなく「ブランド」を作る

Athletic Brewingが米国でノンアルコールビールのトップブランドになれたのは、「ノンアルコールビール」という棚を取ったからではなく、「Athletic Brewingというブランド」を作ったからだ。


アウトドア・スポーツ・アクティブライフスタイルという文脈に徹底的に紐づけ、「飲まない選択」ではなく「自分らしい選択」として製品を位置づけた。製品ではなくブランドに投資したスタートアップが生き残っている。


  • 拡大スピードをコントロールする

Boissonの創業者自身が認めたように、「スケールしすぎた、一度に多くのことをやりすぎた、資本と市場が支えられる以上に無理をした」ことが致命傷だった。


実店舗・EC・卸という3つのビジネスを同時に走らせたことで、それぞれに必要な資本が足りなくなった。


この問いはBoissonだけの話ではない。英国のLucky Saintも、売上成長を続けながら自社パブの開設・ヘッドオフィス移転・製品ラインの拡充と積極的な投資を重ねている。成長と投資のバランスをどこで取るか——これはカテゴリーを開拓するスタートアップが程度の差はあれ、共通して直面する問いだ。


Athletic Brewingは醸造所の拡張という一点に集中し、流通は段階的に広げた。成長市場ほど「何をやらないか」の判断が重要になる。


  • 大手との差別化ポイントを明確にする

大手が参入してきたとき、「同じカテゴリーの低価格版」として戦っては勝てない。


Athletic Brewingが大手ブランドのノンアルコール版と棲み分けられているのは、「クラフトビールを飲む人が、飲まない日に選ぶビール」という固有の文脈を持っているからだ。


スタートアップが大手に勝てるのは、価格でも規模でもなく、文脈と物語だ。

市場が本物であることと、ビジネスが成立することは別の話

Boissonの破産後、創業者はこう言った。「これはカテゴリーの失敗ではない」と。この言葉は正しい。


ノンアルコール市場の成長は本物だ。だがそれは、この市場で戦うすべてのスタートアップが成功するという意味ではない。


成長市場では「早く入った者が勝つ」という幻想が生まれやすいが、早く入ることと正しく戦うことは別の話だ。


カテゴリーを開拓するコストを誰が負担するのか。大手参入後に自分たちの存在意義を何で作るのか。拡大のスピードをどう制御するのか——これらはノンアルコール業界に限らず、新しいカテゴリーに挑むすべてのスタートアップが直面する問いだ。


成長市場の熱気に引っ張られながらも、ビジネスの構造を冷静に見る目が、生き残るスタートアップとそうでないスタートアップを分ける。


参考資料

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