不確実な時代に、アルコール市場はどう変わるか——過去の危機から読む、飲食店が知っておくべき構造変化
- alt-alc,ltd.
- 1 日前
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アルコール市場は長らく「景気に左右されにくい」と言われてきた。
不景気でも人は飲む、という俗説だ。
だが歴史を振り返ると、実態はもう少し複雑だ。そして今、その複雑さがかつてないほど前景化している。

リーマンショック(2008年)——「量」は守られたが、「中間」が消えた
2008年の金融危機は、アルコール市場に確かなダメージを与えた。
IWSRのデータによれば、危機前5年間(2003〜2008年)の世界アルコール市場の年平均成長率は1.0%だったが、危機後5年間(2008〜2013年)は0.1%まで失速した。
だが注目すべきはその中身だ。量の減少は限定的だった一方で、消費の構造が変わった。
ビールが大きく打撃を受け(2007年の6%成長から2009年の1%減へ)、スピリッツは相対的に堅調を維持した。
そして「価格帯の二極化」が起きた。標準価格帯の製品が苦戦する一方、超プレミアムと最安値帯の両端が生き残る。
消費者は「少なく飲んで、より良いものを選ぶ」か「とにかく安く済ませる」かの二択に収斂していった。
日本でも、リーマンショックの影響が数字に顕著に表れた。
成人一人当たりの酒類消費量は2007年の84.9リットルから2008年に82.5リットルへと約2.4リットル減少した。リーマンショックが2008年9月に発生したことを踏まえると、秋以降の消費萎縮が年間データに反映された形だ。
コロナ禍(2020年)——オンプレミスの壊滅と、意識変化の加速
2020年のパンデミックは、アルコール市場に二つの相反する動きをもたらした。
オフトレード(小売)は急増した。在宅時間の増加で米国では2020年4〜6月期の小売アルコール販売が前年同期比34%増を記録した。一方で飲食店・バーなどのオントレードは壊滅的な打撃を受け、米国では2020年の売上が前年比約50%減となった。
日本への影響はより直接的だった。
成人一人当たりの酒類消費量は2019年の78.1リットルから2020年に75.0リットルへと約4%減少した。
飲食店の時短営業・酒類提供禁止が外食でのアルコール消費を直接断ち切ったためだ。「飲み会文化」に依存してきた外食産業のドリンク売上構造の脆弱性が、この時期に一気に露わになった。
だが、より長期的に重要だったのは消費者の意識変化だ。
パンデミックを経て健康への関心が高まり、「何を飲むか」を改めて考える人が増えた。
IWSRはコロナ後の動向について「パンデミックはすでに存在していたトレンドを加速させた」と分析している。日本でも、コロナ後に飲み方を変えた層の多くは以前の習慣に戻らなかった。
現在進行形の危機——「量の不況」と関税の嵐
2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、アルコール業界に複数の経路で打撃を与えた。
欧米の主要ブランドがロシア市場から撤退し、ウクライナの主要ワイン産地は占領・被害を受け、ブドウ畑の面積が2021年比で約25%減少した。より広域では、エネルギー価格の上昇が輸送・包材コストを押し上げ、ポストコロナの回復に冷や水を浴びせた。
そして現在、さらなる不確実性が加わっている。2026年2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃を受け、世界の原油取引量の約20%が通過するホルムズ海峡の通航が機能的に遮断された状態が続いている。
原油価格はすでに10〜15%上昇しており、エネルギーコストの上昇は輸送・製造・包材コストを通じてアルコール飲料の仕入れ価格に波及する可能性がある。
影響がサプライチェーンに現れるまでには数週間から数ヶ月のタイムラグがあるが、状況が長引けば輸入ワインやスピリッツを扱う飲食店にとっては仕入れコストの上昇と品揃えの変化という形で表面化しうる。
日本市場も無縁ではない。 成人一人当たりの酒類消費量はすでに1992年比で約26%減と縮小が続いており、中東依存度の高い日本のエネルギー構造を考えれば、ホルムズ海峡の混乱は物価上昇を通じて飲食業全体の経営を圧迫しうる。
3つの危機から見えるパターン
リーマン、コロナ、現在の局面を並べると、アルコール市場の変化にはいくつかの共通したパターンが見える。
1.価格帯の二極化 :経済的な圧力がかかるたびに、中間価格帯が最も打撃を受ける。「いいものを少し飲む」か「安くたくさん飲む」かに消費が分かれる傾向がある。
2.オントレードにまず影響:経済不安や社会的混乱が起きると、最初に打撃を受けるのは飲食店・バーなどのオントレードだ。消費者は外食を減らし、在宅消費にシフトする。
3.マインドセットの変更: コロナ後に飲み方を変えた人の多くは、コロナが収まっても以前の飲み方には戻らなかった。危機は「マインドセット変化の触媒」として機能し、その変化は定着する傾向がある。
飲食店への示唆
これらのパターンを踏まえると、飲食店にとっての現状は「一時的な逆風」ではなく「構造的な変化の最中」にあると捉えた方が実態に近い。
価格帯の二極化は、メニュー設計の見直しを迫る。「中間価格帯のアルコールを並べておけばいい」という時代ではなくなっている。
オントレードがまず影響を受けるという傾向は、飲食店がドリンクメニューの価値をより丁寧に設計する必要性を意味する。
さらにマインドセットの変化が定着するという事実は、「今の若い客層の飲み方は、将来的には変わる」という期待が外れる可能性を示している。アルコール市場の変化を「一過性の落ち込み」と読むか「新しい常態への移行」と読むかで、飲食店のメニュー戦略は根本的に変わる。
参考資料
