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EUがノンアルコールワインに「お墨付き」を与えた日——規制変更が業界に何をもたらしたか

2023年1月、欧州のワイン産業に静かな地殻変動が起きた。


EUの新農業政策の一環として成立したRegulation (EU) 2021/2117が本格適用を開始し、長年にわたって閉じられていた扉が開いた―原産地呼称保護および地理的表示保護を持つワインに対しても、脱アルコール処理が正式に認められたのだ。


フランスのボルドー、イタリアのキャンティ、スペインのリオハ。ヨーロッパのワイン文化を象徴するこれらの産地名を冠したワインが、ノンアルコール版として市場に出ることができるようになった。

EUがノンアルコールワインに「お墨付き」を与えた日——規制変更が業界に何をもたらしたか
規制変更以前——「格付けワイン」は手が出せなかった

この変化の意味を理解するには、以前の規制がどれほど厳しかったかを知る必要がある。


EUは2009年から部分的な脱アルコール処理を認めていたが、対象は「格付けなしのジェネリックワイン」のみに限定されていた。


原産地呼称保護や地理的表示保護といった地理的表示を持つワイン——いわゆる銘柄ワイン——への脱アルコール処理は明確に禁じられていた。


さらに当時の規制では、アルコール低減は元のアルコール度数の20%までに制限され、最終的なアルコール度数は9度以上を維持しなければならなかった。


つまり、品質の高いワインほど、ノンアルコール化できなかった。産地の名声を持つワインメーカーは、この市場に参入する法的根拠を持っていなかったのだ。

2021年の改革が開いた扉

Regulation (EU) 2021/2117の採択により、この制限が撤廃された。


新規制の骨子は3点だ。


第一に、原産地呼称保護および地理的表示保護を持つワインも含む全カテゴリーで脱アルコール処理が認められた。


第二に、アルコール度数0.5%以下まで除去できるようになり、実質的な「ノンアルコールワイン」の製造が法的に可能になった。


第三に、脱アルコール処理を施した製品には「dealcoholised(脱アルコール)」または「partially dealcoholised(部分脱アルコール)」の表示が義務付けられ、消費者への透明性が確保された。


さらに2023年12月8日からは、ラベル表示の新ルールも適用開始。アルコール度数10%未満のワインには賞味期限の表示が義務化され、原材料と栄養成分の開示もQRコード経由での提供が認められた。

なぜこの変化が重要なのか

規制の変更は単なる手続き上の話ではない。


ワイン産業の構造を変える可能性がある。


これまでノンアルコールワイン市場を牽引してきたのは、主にドイツや南アフリカなど、原産地呼称保護の縛りが相対的に緩い産地のメーカーだった。


新規制により、フランス・イタリア・スペインといったワイン大国の名門生産者が、自らの産地名を冠したノンアルコールワインを正式に製造・販売できるようになった。


これはブランドの信頼性という点で、市場に与えるインパクトが大きい―「ノンアルコールのボルドー」という言葉が持つ重みは、これまでのノンアルコールワインとは別次元だ。


ただし実際の動きは慎重だ。


イタリアの大手ワイナリー各社は今なお伝統的な製法を守る姿勢を崩しておらず、規制が変わったからといってすぐに参入するわけではない(※「ノンアルコールワインを飲んでいるのは、どの国か」参照)。


規制の開放と、産業の変容の間には時間差がある。

では、インフュージョン方式の今後は

EUが脱アルコールワインの規制整備を進める一方、インフュージョン方式——素材から風味を足し算で設計する飲料——は規制の枠外に置かれたままだ。


この「枠外」は両刃の剣だ。


自由度という点ではむしろ有利に見える。


「ワインから作った」という証明も、産地名も必要ない。素材と設計の価値だけで勝負できる。NONのようなブランドがメルボルンの高級レストランで採用されているのも、産地の権威ではなく「食事体験の設計」として機能しているからだ。


一方で、「これは何なのか」という問いに答え続ける必要がある。


ワインオルタナティブは既存の棚分類に収まらない。


消費者がそれを「新しいカテゴリー」として受け入れるまでに、どれだけの時間がかかるか。


2025年11月にEUの欧州司法裁判所が「ノンアルコールのジンは"ジン"と名乗れない」という判決を下したことも示唆的だ。


既存カテゴリーの名前を借りることができない以上、インフュージョン系は独自の言葉で自分たちを説明していくしかない。


脱アルコール方式が「本物から作った」という権威性を武器にするとすれば、インフュージョン方式が武器にできるのは「設計の自由と、それが生む体験」だ。


どちらが正しいのではなく、向かっている市場が違う。そしてその違いを理解することが、メニューにどちらを、どう組み込むかの判断につながる。


参考資料

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