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ノンアルコールをメニューのどこに置くか——心理学が教える、注文率を変える小さな設計

「ノンアルコールのメニューは一応ある。でも正直、あまり注文されない」


こう話す飲食店のオーナーやバーテンダーは少なくない。選択肢を用意することと、それが実際に選ばれることは、別の問題だ。


ノンアルコール飲料を「置く」という意思決定をした後に、多くの店が見落としているのがメニューの設計だ。どこに載せるか、どう書くか、どう価格を見せるか。こうした細部が注文率に影響する可能性がある——行動科学とメニュー工学の研究が、そのヒントを与えてくれる。

ノンアルコールをメニューのどこに置くか——心理学が教える、注文率を変える小さな設計
消費者はメニューをどう「読む」か

まず前提として、客はメニューを上から下へ順番に読まない。


アイトラッキング技術を使った研究によると、消費者の視線はメニューを「読む」のではなく「スキャン」する。


その動きには一定のパターンがあり、視線は最初にページの中央へ向かい、次に右上、そして左上へと移動する傾向がある。この三角形の領域は「ゴールデントライアングル」と呼ばれ、メニュー設計において最も目に触れやすいゾーンとされている。


また、心理学における「系列位置効果」の知見も参考になる。Cambridge Coreに掲載された実証研究(Dayan & Bar-Hillel, 2011)では、リスト内の項目は先頭と末尾が最も選ばれやすいことが示されている。飲食店のメニュー設計でも、カテゴリー内の最初と最後の項目が中間の項目より注文されやすい傾向が報告されている。


つまり、ノンアルコール飲料をメニューの末尾や隅に追いやることは、視覚的に「存在しないに等しい」状態を生み出すリスクがある。

「別枠」か「同列」か——分離が与えるメッセージ

ノンアルコール飲料をどう配置するかには、大きく二つのアプローチがある。アルコール飲料と同じカテゴリーに並べる「同列」か、「ノンアルコールコーナー」として切り分ける「別枠」かだ。


別枠にすることには一定の合理性がある。探している客が見つけやすく、店として「ノンアルコールにも力を入れている」というメッセージを伝えられる。


一方、同列に並べることには別の意味がある。


米国・カリフォルニア州のLittle Saintは、18種のカクテルのうち6種をノンアルコールとして提供している。メニュー上では"For non-alcoholic""For fully-spirited"という表記でアルコール入りと明確に区別しながら、同じページに同列で並べている。


価格はアルコール入りより1〜2ドル安く設定されており、それでもノンアルコールカクテルの売上がアルコール飲料を上回る結果になったとSevenFifty Dailyは報告している。


この事例は「ノンアルコールであることを隠さず、かつ格下として扱わない」設計の実例として参照できる。


どちらのアプローチが正解とは一概に言えないが、「ノンアルコールをどこに置くか」という選択自体が、そのドリンクのポジションを決めるメッセージになる。

説明文の差——27%の注文増を生む言葉の力

配置と同じくらい重要なのが、説明文の書き方だ。


コーネル大学の研究では、メニューの料理に詳細で感覚的な説明文をつけると注文数が約30%増加し、さらに客がその料理を「よりおいしかった」と評価する傾向も確認されている。「人は書かれたことを味わう」というのが研究者の解釈だ。


この知見はドリンクにも適用できる。「ノンアルコールビール」と書くより「麦芽の香りを残したまま丁寧に脱アルコール処理した、食事に寄り添うビールテイスト」と書く方が、注文の動機を生みやすい。「モクテル」と書くより、使っている素材や香り・味わいのプロフィールを具体的に記述する方が、飲んでみたいという感覚に訴えかける。


また、「ノンアルコール」という表記そのものが「お酒が飲めない人向け」というフレームを生む場合がある。"スピリットフリー""ゼロプルーフ"といった言葉を使うことで、選ぶ動機を「制約」から「選択」へと転換できる可能性がある。

「設計すれば売れる」は本当か——学術研究が示す留保

ここまでメニュー設計の知見を紹介してきたが、正直に付け加えておくべきことがある。


Taylor & Francis系の学術誌(International Journal of Hospitality & Tourism Administration)に掲載された実証研究では、実際の飲食店においてメニュー上の配置変更や強調表示が注文率に有意な影響を与えなかったという結果が報告されている。


実験室やモックメニューでは効果が確認されやすいが、実際の飲食環境では客の意図や好み、スタッフの影響など複数の要因が絡み合うため、配置効果が打ち消されることも少なくない。


つまり「メニューの設計を工夫すれば売れる」は、必要条件ではあるが、十分条件ではない。


メニュー上でノンアルコール飲料を見つけやすくすること、魅力的な言葉で説明すること——これらは「選ばれる可能性の土台」を整える作業だ。


しかしそれだけで注文が増えるわけではない。スタッフが自信を持って説明できること、実際の品質が期待を裏切らないこと、客が「今日はこれを飲みたい」と思える場の空気があること——それらが揃って初めて、メニューの設計が機能する。


メニューは入口に過ぎない。だが入口が閉まっていれば、中には入れない。


参考資料

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