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プレミアムチリから学ぶ脱成熟とリブランディング - 方法模索編 -





前回『プレミアムチリから学ぶ脱成熟とリブランディング』において、日本でプレミアムチリが普及しない理由を考察し、


ワイン市場の草創期に安いワインの代名詞となってしまったチリワインは、チリワイン産業における明確な法規制の不在をはじめ、安価なワインと高価なワインの明確な差別化の方法を見いだせずにいるためプレミアムチリという高級レンジを定着させれずにいる。


という一応の結論を下した。


今回は、どうすればチリワイン市場は脱成熟を果たし、プレミアムチリも含む多様性のあるワイン産業へとリブランディングが可能か?、という問いについて二つの事例をもとに考えてみる。


まずは、同様にテーブルワインからはじまりカルトワインなどのスーパー高級レンジまでの多様性を持つに至ったカリフォルニアワイン産業について見ていき、そこから脱成熟の示唆が得られないか見ていく。


次は、今回のケースと同様に高級路線へのかじ取りを見事成功させた事例をワインや飲料とは異なる業種から探し、それぞれのケースがどのような示唆を持っているか、そしていかに活かすことができるかを考えていく。


カリフォルニアワイン産業のアナロジー

ワインのことはワイン産業に聞け!


ということでまずはチリワインと同様のスタートを切りながらも見事に多様性を獲得したカリフォルニアワイン産業についてである。


►カリフォルニアワイン史概略


まずは、カリフォルニアワイン産業がどのような道程を辿ってきたのかを見ていく。


カリフォルニアワインの歴史は、コロンブスの到来から半世紀以上が経過した1560年頃に始まる。18世紀後半にロサンゼルス近郊に第一号のワイナリーが建築され、19世紀後半には大量のブドウ樹が持ち込まれ大々的に栽培がスタートする。


しかし19世紀末にフィロキセラ禍や20世紀前半の禁酒法、世界大戦と続き、本格的にワイン造りが再興するのは大戦終了を待たなければならない。


大戦後には、ロバート・モンダヴィを中心としたビッグファイブと言われるワイナリーがワイン産業の復興を進める傍ら、カリフォルニア大学デイヴィス校により科学的に効率的なブドウ栽培の研究が進んだ。


UCデイヴィスの研究は、生産量の増大や品質の底上げを果たすに至ったが、一方でテロワール概念や高品質ワインの発展の遅れをもたらしたという功罪をあわせ持つ。


そんな中、転機となったのは1976年のパリスの審判と1980年代の新種のフィロキセラ禍である。


パリスの審判は深く言及する必要もないかもしれない。名実ともにカリフォルニアワインが世界中から評価されるに至ったきっかけである。


80年代の新種フィロキセラにより、AxR1型苗木が全滅すると新たな苗木を求めてナパバレーあたりに注文が殺到し、潤沢な資金源を得たナパの一部の生産者は贅を尽くしてカルトワインの生産を行った。


そして忘れていけないのが、78年に創刊されたワインアドヴォケイトの存在。ロバート・パーカー時代の到来である。


旧世界のようなヒエラルキー型法規制を持ち合わせていなかったカリフォルニアにおいて、パーカーポイントという新たな格付け要因が誕生した。


この動きを象徴するのが97年のカリフォルニアであり、ブドウ栽培農家にとっての夢の年と言われたこの年は、四つのワインでパーカーポイント100点が誕生し、パーカーをはじめとするビックフレーバー信仰をさせた。


そうして2000年代に入ると、パーカーポイントの色のつきすぎたワイン醸造から距離を置いたニューカリフォルニアの流れが流入してきた。


つまり、ざっくりと俯瞰するならば、


大戦後~70年代まではテーブルワイン隆盛期、70年代後半~00年代まではパーカーをはじめとする評論家主導のワイン隆盛期、00年代以降が新たな潮流であるニューカリフォルニアの台頭期となる。


►カリフォルニアワインの脱成熟とリブランディング


上述の歴史をふまえてカリフォルニアワインの生産量、市場価値変遷を見ていく


カリフォルニアワイン(赤線)の生産量(上)と市場価値(下) 変遷

生産量と市場価値を見比べると、テーブルワイン隆盛期は生産量の増大のわりに市場価値に大きな伸びが見られず(パリスの審判の年は急増してはいるものの)、実際に価値が上がり始めるのは76年以降で、第二次フィロキセラ禍で一度は減少に転じるものの、90年代半ばからは生産量以上の価値の増大が確認できる。


今やアメリカは世界第四位のワイン生産国であり、輸出量も世界六位、ワイン消費量は世界一位のワイン大国である。もし、アメリカ(特にカリフォルニア)がいまだにテーブルワインに固執していたならこのような発展はなかったに違いない。


まさにリーズナブルレンジからの脱成熟が、今日のカリフォルニア/アメリカワインの発展を促したといえる。


►カリフォルニアワイン産業からの示唆


では、カリフォルニアワイン産業の脱成熟の要因は何であろうか?


  1. ロバート・パーカー、パーカーポイントという価値基準の存在

  2. 自国市場の活性化の成功


具体的なレベルでは、この二つが挙げられる。


1.ロバート・パーカー、パーカーポイントという価値基準の存在


やはり、パーカーの存在は欠かせない。


ロバート・パーカーおよび彼のスコアリング、パーカーポイントの存在は、旧世界の法規制のような明確な価値基準を持たなかった新世界において、一つの基準を生み出した。


そして、上図の生産量と市場価値の推移を見るかぎり、恒常的に基準を提供してくれるということが大事になってくるように思われる。


なぜなら、パリスの審判の影響は絶大であったが非常に限定的で、カリフォルニアワインに目を向かせるきっかけにはなったかもしれないが、話題性先行で時間とともに影響力を失っているように見受けられる。


それに対して定期発刊されるワインアドヴォケイトは確実に消費の底上げを果たしている。


翻ってプレミアムチリにおいても、ベルリン・テイスティングでの輝かしい実績にもかかわらず、広く普及していない要因は定期的にプレミアムチリの今を身近なワインと比較できる形で発信してくれる存在が弱いからかもしれない(もちろんパーカーと比較するのは酷かもしれないが…)。


そう考えると、ロバート・パーカーの場合は、彼がアメリカ人であったということも大きいだろう。アメリカ人が自国のワインを発信するということの意義は大きいものだったに違いない。


2.自国市場の活性化の成功


二点目は、現在アメリカワイン産業が世界一位のワイン消費国からわかるように自国市場をしっかり育てたという点である。


カルトワインのような(ある意味法外に)高額なワイン生産・販売という新しいスタイル、ニューカリフォルニアのような新たな潮流の構築といった、挑戦には輸出先市場ももちろんであるが国内需要が高いことがなにより重要である。


なぜなら新たな試みに打って出ようという若い生産者は、海外への広範な販売チャネルは有しておらず、目先の国内需要を考慮して挑戦に乗り出すからだ。


自国市場が活発であることは、そのような市場の自律性や好循環を促し、脱成熟だのと大手がややこしいことを考えなくても、その時々の時流を読んだ新しい層が育ちやすくなる。


以上の二点を考慮すると、カリフォルニアワイン産業から得られる示唆とは、


  • 自国からの恒常的な(かつ強い)情報発信の重要性

  • 自国の市場を活性化させ、産業の自律的な発展を促進させる必要性


この示唆からプレミアムチリを考えると、特に二点目の自国市場の活性化という点では、大手メーカー主導の輸出がメインとなっているチリにおいて、産業の循環や自律性がどこまで保たれているかは疑問符が残る。


他業種に見る高級路線へのリブランディング

ハイブランドがリーズナブルレンジへブランド拡張する事例(ex.かつてのバーバリーブラックレーベル等)は多々あるが、実はプレミアムレンジへのリブランディングというケースはそう多くない。


そうかと言って、高級路線へのブランド拡張事例はないわけではない。


今回は、グランドセイコーの事例を見ていきたい。


►セイコーとグランドセイコーの歴史


セイコーホールディングス株式会社(以下セイコー)は、日本初の腕時計メーカーであり、19世紀末に創業して以来、時計事業を中核に据え拡大をしてきた。


1960年には当時の大卒社会人の給与の二倍という高級路線グランドセイコーを立ち上げ、69年には世界初となるクオーツ式腕時計を開発し、以来の腕時計は「誰でも手に入れられるリーズナブル正確な腕時計」として国内外で支持を集めた。


グランドセイコーが販売された当時はスイス式腕時計が高級腕時計の代名詞とされ、翌年には関税緩和も追い風となって、高級腕時計が日本にも多く輸入されるようになった。


グランドセイコーは、そのような海外ブランドと戦うことのできるブランドでなければならなかったが、69年のクオーツ式腕時計の誕生により、普及価格帯がセイコーの強みとなると高級機械式腕時計であるグランドセイコーは一時なりを潜めることとなった。


再びグランドセイコーが、市場に登場するのは1988年で、この年グランドセイコーは従来のクオーツ式腕時計よりも高い精度を持った高級クオーツ式腕時計として再登場を果たした。


クオーツ式高級腕時計としてセイコーが求めてきた「正確さ」「美しさ」「見やすさ」「耐久性」「使いやすさ」を実現したグランドセイコーであったが、90年代半ばには時計愛好家の強い声を受けて、再び機械式高級時計を復活させる。


以来、機能性の追加、連続駆動時間の延長など技術面における漸進的な革新を続けてきた。


しかし、近年のスマートフォンの普及、アップルウォッチ等のスマートウォッチの出現に伴い、従来通りの漸進的技術革新を続ける高級腕時計の将来を不安視したセイコーは、グランドセイコーをより強いブランドにリブランディングするべく、2017年グランドセイコーのブランド独立という大きな決断を下した。


►グランドセイコーの独立の舞台裏とリブラディング


リブランディングの為のグランドセイコーの独立にはどのような意図があったのだろうか?


20種類近くのブランドを展開するセイコーはその多くが普及価格帯で、長い歴史と高い技術力に裏打ちされた品質は認められていたとはいえ、あくまでコスパの良い時計というイメージが付きまとっていた。


これのブランドイメージを払拭し、セイコーの通常レンジとは別格の位置づけとして販売していこうという戦略である。


そのためセイコーの腕時計には文字盤の12時の位置に「SEIKO」というロゴを入れていたが、それを外し、これまで6時の位置にあった「GS/Grand Seiko」を12時位置に移動させた。


さらに、セイコーブティックなるグランンドセイコー販売の拠点をもうけて、海外高級腕時計メーカーにも引けを取らない高級感と品質を国内外で発信していった。


2017年からスタートの試みであるため、簡単に結論は下せないが、2016年に落ち込んだ株価はグランドセイコーの独立以来確実に持ち直してきており、今のところは奏功しているといえるだろう。


►グランドセイコーからの示唆


上で見てきたように、グランドセイコーの事例は、業種こそちがえど非常にプレミアムチリと被るところが多い。


  • リーズナブルレンジがその高い品質で認められている

  • 強いブランド力を持った伝統国の存在

  • 近年の競合品・代替品の出現(ワインの場合は新興国の出現、時計の場合はスマホ等の出現)


グランドセイコーの独立は、あえてこれまで築いてきたヒエラルキーの外で勝負することで、高級レンジを販売するうえで障害となる過去の遺産との決別である。


これは、TOYOTAなどの自動車産業でも見られる。


「いつかはクラウン」のように消費者のライフステージとともに乗る車種提案をしてきたが、海外高級メーカーと競うことのできる高級レンジとして、あえてヒエラルキーの外側にLEXUSを設けた。結果はご存知のように、世界中で成功を収めている。


さらに注目するべきは、高級ブランドのイメージを体現した発信拠点づくりである。 


高級レンジほど、顧客への手厚いケアが必要になるのは言うまでもなく、モノを売るのではなく、体験を提供すべき今日において、ブティックなどは効果的に作用するのかもしれない。



以上を総括すると、


カリフォルニアワイン産業事例とその示唆は、より大きなチリワイン産業の課題として捉えることができる。一方で、グランドセイコーの事例は、個別ブランドへ示唆を与えてくれる。


国レベルでは、一般消費者がわかりやすい枠組みづくり(法規制であれ、評論であれ)が求められ、個別メーカーレベルでは、メーカーの色を受けづらい世界観づくりに注力した高級レンジの開発が、プレミアムチリのに必要なのかもしれない。


参照

"Grape and Wine Production in California Chapter 8. Grape and Wine Production in California" Julian M. Alston, James T. Lapsley, and Olena Sambucci https://s.giannini.ucop.edu/uploads/giannini_public/a1/1e/a11eb90f-af2a-4deb-ae58-9af60ce6aa40/grape_and_wine_production.pdf

"The New California Wine" Jon Bonne

Grand Seiko 公式ホームページ

https://www.grand-seiko.com/jp-ja/about/history

『セイコーウオッチ:日本のものづくりをアピールし、海外展開加速』日経XTREND

https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/feature/00004/00003/?P=1


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