イソップ物語の『卑怯なコウモリ』という話をご存じだろうか。陸の獣と空の鳥が戦争をしていたときに、有利なほうに寝返りを繰り返すコウモリが戦争が終わった後、誰にも相手にされず洞窟に引っ込んで夜の空だけを飛ぶようになったという話である。
ロゼワインの現在
ロゼワインの販売を考えるとき、いつもこの逸話を思い出す。
ロゼワインはときに白ワインのような「軽快さ」をもち、ときに赤ワインのような「飲みごたえ」を感じさせてくれる。個人的には好ましい特徴だが、このような「万能」然とした振る舞いは、飲む人によってはしばしば使いどころに悩む半端者に映ってしまうことがある。
日本のワイン消費量は35万2046㎘(平成30年度)、成人一人当たり3.37ℓ。750㎖換算で五本弱で、日常的に飲まれているとは言いがたい。
一方で、ワインは料理と楽しむ認識が根付きつつあるなかで、ワインに詳しくない人には「肉には赤、魚には白」という言葉が「作法」のように映ってしまうきらいがある。このことが赤でも白でもない「ロゼ」の登場機会を非常に限られたものにしているだろう。
スタック・イン・ザ・ミドル
このような中間者の苦悩ともいうべき状況を、マーケティングの世界で「スタックインザミドル(Stuck in the middle)」と表現する。価格・品質の双方を追求し、差別化戦略とコストリーダーシップ戦略を同時に目指してしまうために起こる弊害をいう。
ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が1980年に『競争の戦略(原題Competitive strategy)』の中で提唱した概念だ。ポーターは「競争」に勝ち抜く基本戦略としてつぎの三つを挙げる。
差別化戦略:他社との違いを明確化し、業界において優位な地位を築く(ブランド例ルイヴィトン、エルメス、フェラーリ等)
コストリーダーシップ戦略:規模の経済や大量生産から得られるノウハウによる生産コストの低下をもとにコスト面で優位を勝ち取る(マクドナルド、ユニクロ等)
集中戦略:特定のターゲット、商品ジャンル、地域に絞った勝負で優位性を築く(セイコーマート等)。
そして中価格・中品質のどっちつかずの戦略は中途半端な結果に終わる(=スタックイン
ザミドルに陥る)と主張した。
スタック・イン・ザ・ミドルのロゼワインへの援用
では、ロゼワインの状況をスタックインザミドルに当てはめて考察したい。
先述のように、ワインに詳しくない消費者にとって、「肉には赤、魚には白」が選ぶ基準になるならば、「ワインの軽重」と「料理・シーン」は、ポーターの「価格」と「品質」と同様の関係性にあると考えられる。
価格と品質の関係は、一方を追求すれば他方をあきらめなければならない「トレードオフ」の関係にある。ワインの軽重と料理・シーンの関係性に置き換えると、軽い食事やカジュアルなシーンに合わせるのならば重いワインはあきらめなくてはならず、逆もまた然りである。(※そう考える消費者がいる可能性がある)。
そうすると白(=軽)と赤(=重)の「中間」とされやすいロゼはスタックインザミドルにあてはまり、選択肢から抜け落ちるのではないだろうか。
IKEAから見るスタック・イン・ザ・ミドルとの付き合い方
打つ手はないのか。ポーターが『競争の戦略』を書いたのは80年で、これまでに様々な異論がある。
争点の一つが、ポーターが提唱する価格と品質どちらか一つを選ぶ「ピュア戦略」が正しく、両方追求の「ハイブリッド戦略」が誤りなのかということだ。
スタックインザミドルを回避しハイブリッド戦略に成功した事例としてスウェーデン発の家具メーカーIKEA(イケア)を挙げ、ロゼワイン拡売の示唆が得られないか考えていく。
イケアは1943年創業の雑貨屋で、47年から格安家具の取り扱いを開始。次第に事業を家具販売に集中し、今日の世界最大の家具販売企業の地位を確立した。
日本でも大きな成功を収めている同社の成功要因は、
高いコスト管理意識(SPA方式、フラットパックの導入など)
世界観を表現するための大規模ショールーム設置
が挙げられる。
①は商品開発セオリー「新しい製品を作るなら、まず値段をデザインしろ」に端的に表れている。商品開発の段階でコストが先にあり、それを踏まえ材質・外観・デザインなどを決定する。また、コスト意識の高さは販売現場でも生かされている。客はフラットパックと呼ばれる組立式の商品をみずからレジまで運ぶため、人件費や固定費を抑えられる。
②はイケアの店舗に行った人は実感したことがあるのではないだろうか。北欧の雑貨や食品もあわせて販売され、そのまま住みたくなるような雰囲気を持ち込んだショールームがテー
マごとに展示されている。「北欧デザイン」「北欧家具」がブランド化されていく社会背景に巧みに乗りながら成長してきたといえる。
ポーターの戦略論に戻れば、イケアはコストリーダーシップ戦略を軸に差別化戦略を成功させたといえる。
ロゼワインへの示唆
では、ロゼワイン販売への示唆は何か。これまで日本のワイン市場はロゼワインの色の濃淡や産地など、多様性を謳い様々なシーン・料理で幅広く活躍することを喧伝してきた。いわ
ば軸を持たずに全体に働きかけるアプローチだ。
多様性は軸足があってはじめて生きるもので、そうでなければ上滑りして捉えどころのないものになってしまいやすい。
イケアを参考にするなら明確な軸を持つことが必須で、「ワイン(ボディ)の軽重」と「料理・シーン」で軸を造るとするならば、ロゼワインは軽いワインとし、徹底的にカジュアルなシーンで楽しむものと定義できる。
ロゼワインを「カジュアルに楽しむ」成功例に、ニューヨークのロゼワイン・ミュージアム「ロゼマンション(Rose Mansion)」がある。
18年からミレニアム世代の女性をターゲットに「ロゼワイン×インスタ映え」を追求して展開する21歳以上対象のテーマパークだ。
参加者は趣向の凝らされた様々なテーマの部屋を回り、世界中のロゼワインを楽しむことができる。一般入場券は四五ドルで、ロゼワイン八種の試飲付き。
19年は八万人の来場者を集め、普段ワインを飲まない層までを取り込み大きな成功を収めた。
さて、冒頭の日和見のコウモリの話に今一度立ち戻りたい。オーストラリアにも類似の『太陽の消えたとき』という物語がある。
カンガルー率いる獣とエミュー率いる鳥の戦いの話だ。両者の戦いが終わると仲たがいする二つの種族に辟易した太陽が昇るのをやめてしまうという大事件が起きる。
コウモリはイソップ物語と同様に獣類と鳥類のどっちつかずという立ち位置だったが、最終的に太陽を呼び戻す大役を果たす。ロゼワインがこの物語のコウモリのごとく、ワイン業界に光を呼び込むことを期待したい。
参考文献
井村直恵/ホーム家具メーカーのグローバル戦略:ニトリvs. IKEA/京都マネ
ジメント・レビュー(2011
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