烏龍茶はなぜ、夜の店から広まったのか——日本のノンアルコール市場の「原点」を辿る
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- 4月6日
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1981年、サントリーが缶入り烏龍茶を発売したとき、誰もこれが日本のノンアルコール市場の原点になるとは思っていなかった。
きっかけは偶然に近かった。もともとウイスキーを飲食店に卸していたサントリーが、同じルートで烏龍茶も提供し始めた。すると、スナックやバーで働くホステスたちがこの飲み物を重宝し始めた。
理由はシンプルだ——色がウイスキーに似ていたからだ。
お酒が飲めない、あるいは飲みたくない。でも場の雰囲気は壊したくない。
グラスに琥珀色の液体が入っていれば、客の前でもウイスキーを飲んでいるように見える。
このきわめて実用的なニーズが、烏龍茶を夜の店に定着させた。そしてホステス経由で客にも「健康にいい飲み物」として口コミで広がり、やがて居酒屋・レストランへと波及していった。

「場を壊さない」という需要は、40年前からあった
この歴史が示すのは、「場の空気を壊さずに飲めるノンアルコール飲料」へのニーズは、今に始まった話ではないということだ。
1981年当時、日本に選択肢はほとんどなかった。コーラやジュースは「子どもの飲み物」というイメージがあり、水を頼むのははばかられる——そういう時代に、烏龍茶は「大人が酒席で飲める飲み物」という唯一の選択肢として機能した。
その後、烏龍茶は居酒屋の定番となり、ウーロンハイという割り材にもなった。「飲めない人のための飲み物」が「飲む人にとっても便利な飲み物」へと用途を広げ、市場を拡大していった。
なぜ日本のノンアルコール市場はビール一択になったのか
ここで興味深い問いが生まれる。烏龍茶という原点を持ちながら、なぜ日本のノンアルコール市場は今、ノンアルコールビールが圧倒的な主役になっているのか。
理由のひとつは、烏龍茶が「ノンアルコール飲料」として認識されてこなかったことにある。
烏龍茶はあくまで「お茶」であり、アルコールの代替という文脈では語られてこなかった。ノンアルコールビールが「ビールの代わりに飲むもの」として明確に位置づけられているのとは対照的だ。
もうひとつは、「とりあえずビール」という文化の強さだ。日本の飲み会文化において、最初の一杯はビールであることが長らく暗黙の了解だった。ノンアルコール飲料はその文脈に入り込むために、「ビールの代替品」として設計されることが自然な流れになった。
烏龍茶が切り拓いた「場を壊さない飲み物」というニーズを、ノンアルコールビールが引き継いだ形だ。
「飲めない人」から「飲まない人」へ
ただし、ここに大きな変化が起きつつある。
烏龍茶が普及した1980年代、そしてノンアルコールビールが定着した2000年代、ノンアルコール飲料の主なターゲットは「飲めない人」だった。
妊娠中、運転、体質、宗教——何らかの理由でアルコールを避けなければならない人たちのための飲み物として設計されていた。
しかし今、世界で起きているのは「飲まない人」の台頭だ。
飲もうと思えば飲めるが、あえて飲まない選択をする人たちが増えている。健康意識、翌日のパフォーマンス、カロリー——理由はさまざまだが、この層はノンアルコール飲料に「代替品」ではなく「積極的に選びたい飲み物」を求めている。
烏龍茶が「場を壊さないための飲み物」として生まれたとすれば、今求められているのは「積極的に選びたい飲み物」だ。この差は小さいようで、製品設計・マーケティング・価格設定のすべてに影響する。
次の「烏龍茶」は何か
1981年の烏龍茶には、いくつかの条件が揃っていた。既存の流通(サントリーのウイスキー卸網)を使えた。色という視覚的な「擬態」ができた。健康というポジティブな文脈があった。そして価格が手頃だった。
今のノンアルコール市場で同じ問いを立てるとすれば——「積極的に選ばれる飲み物」の条件は何か。既存の流通に乗れるか。視覚的・体験的に「大人の飲み物」として成立するか。健康以外のポジティブな文脈を持てるか。価格は納得感があるか。
烏龍茶の歴史は、ノンアルコール市場の黎明期を偶然に作り出した一杯の飲み物の話だ。しかし偶然の中に、市場が生まれるときの必然的な条件が隠れている。
参考資料



