100年前の高貴な実験

最終更新: 2019年8月22日





およそ1世紀前、アメリカで「高貴な実験」が開始された。

来年2020年1月で禁酒法試行から、ちょうど100年が経過する。

禁酒法がどのような経過をたどり、どのような結末を迎えたのかを見ていく。


禁酒法とは?


禁酒法とは、アメリカで1920年1月17日で施行され1933年12月5日まで続いた、酒類の製造、販売、運搬を禁止した合衆国憲法修正第十八条のことである。


第三十一代大統領ハーバート・フーヴァーが、この14年間に及ぶ試みを「高貴な動機と遠大な目的をもった社会的、経済的実験」と評したことから、禁酒法に反対する人たちには「高貴な実験(Noble Experience)」と一笑に付される結果となった。



禁酒法制定までの道のり


禁酒法までの過程は、いくつかのフェーズに分けて考えることができる。



そもそもの禁酒のコンセプトはキリスト教的な考え方が色濃く出ている。キリスト教において、お酒は神聖なものであるとともに、アメリカに移民してきたピューリタニズムにおいては酒の乱用は厳しく規制された。


1776年にイギリスから独立を果たすと、アパラチア山脈を越えて西部に移動した農民たちにより、とうもろこしや麦を大量に生産するようになった。栽培された穀物は、交通網が発達していなかった当時、腐敗することのないウィスキーへと加工され、販売された。これにより、酒の乱用が社会的問題となり、それまで個人レベルでの節制を求めていたもののが、組織レベルでの取り組みへと変わっていった。


1840年代に入ると、各地から移民が入ってくることとなり、それまでのキリスト教的価値観が国内において普遍的な価値ではなくなり、法に基づく規制が必要となった。この時期から州レベルでの禁酒法が制定されるようになる。


1855年頃からは南北戦争の兆しが出てくると、奴隷制以外での国民の分断を阻止するために、1855年から1865年までの間は禁酒法に関する議論は下火になった。


南北戦争が終結すると、禁酒法制定を目指す二大組合が組織された。

それぞれの組織は、禁酒法を皮切りに様々な社会問題に改革を打ち立てる政治組織と化していったが、結局取り扱う問題が増えるほどに、内部対立も増えていき、最終的には自壊するに至る。


その後世紀末のアメリカには年間100万人規模の移民が流入したことで、排外主義の色も出てきて、WASPの民族主義のもとで反酒場同盟が組まれた。反酒場同盟は、大々的な全国禁酒法をあえて掲げず、無法者といった社会悪を生み出す酒場や酒造業界を非難した。


そのような敢えて柔らかい主張を投げかけることで幅広く支持を集め、第一次世界大戦という当時の社会情勢(民主主義という大義名分のための自己犠牲が奨励された)も追い風として、結果的に全国禁酒法の制定へとたどり着いた。


禁酒法の結末

はじめにも書いたように、禁酒法は1933年までの14年間しか続かなかった。


「高貴な実験」が文字通り実験として終わってしまったのには、大きく二つの理由がある。一つ目は、内部腐敗である。取り締まる側の警官が賄賂を握らされていたり、禁酒法制定までの立役者である反酒場同盟からも飲酒にまつわる逮捕者が出た。


二つ目は、1929年以降の世界大恐慌である。当時は、禁酒法によって飲んだくれや無法者を排除することで生産効率が上がり、ひいては経済発展に寄与する。さらには家庭内で酒類にあてていたお金がより有意義な使い方をされるということで生産性に貢献するということが喧伝されていた。


実際に、アメリカの1920年代は狂騒の時代ともいわれ、経済が大きく発展した時代でもあったため、この通説は強い説得力をもって受け入れられていた。

しかし、大恐慌の到来がこの神話を根本から崩し、酒類業界を復活させることで確保される労働人口が高い経済的有用性をもって奨励された。


このような中で、禁酒法は次第に支持を失い、1933年12月に実験に終止符が打たれることとなった。



では、禁酒法はただの徒労以上の何物でもない政策だったのだろうか?


改めて時代背景を考えてみると、19世紀は確かに産業革命や都市化といった脱皮の時期ではあったが、依然として小社会的な様相が色濃く残った時代であった。高度に機械化された20世紀的社会を迎え入れるには、このような抜本的な改革が否が応にも求められていた。


禁酒法を経て、酒造業界に紐づく売春、賭博、地方行政の汚職といった従来の酩酊の文化からの覚醒を図る必要があったのである。そして、この点において禁酒法は見事成功し、従来の小社会からの脱皮を図ったのであった。

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参照文献

『禁酒法「酒のない社会」の実験』岡本勝 講談社現代新書

『アメリカ禁酒運動の軌跡-植民地時代から全国禁酒法まで-』岡本勝 ミネルヴァ書房

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