前回の『缶ワインから学ぶ消費行動の変化の広がりと影響 - 現状分析編 -』において、缶ワイン市場が伸びているアメリカ市場の社会背景と缶ワイン導入期における日本市場の社会背景を比較して、下記三つの類似の特徴を確認した。
支出を抑える倹約志向
適度な量を楽しむ健康志向
ワイン消費の場の多様化
今回は、任天堂のゲームボーイの成功事例を見ていきながら、日本における缶ワイン普及の方法を模索していく。
なぜ、ゲームボーイなのかと思われるかもしれないが、実は缶ワインとゲームボーイには多くの類似点が存在する。
類似点に言及する前に、まずはゲームボーイ誕生までの歴史を見ていく。
任天堂がゲームボーイを生み出すまで…
いまでこそ誰もが知っているゲームメーカーだが、任天堂は明治時代の花札製造と販売に起源を持つ。
そんな任天堂が大きな飛躍を遂げるのは、三代目の山内博社長の時代である。
日本初のプラスティックトランプやディズニーキャラクターとのコラボトランプなど、積極的に勝負をしかけ成功させてきた山内社長であったが、高度経済成長期にはその積極的な姿勢が他分野への拡大という失敗につながることもしばしばあった。
1970年代にはアーケードゲームなどの登場により、エレクトロニクス玩具に任天堂も足を踏み入れることになり、1980年にはが携帯型の単機能ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」を開発し、大ヒットさせた。
ゲーム&ウォッチの成功に満足することなく、3年後の1983年に次なる大ヒットコンテンツであるファミコンを世に送り出すこととなる。
ファミコンの開発者横井軍平はファミコンの成功要因を下記のように分析している。
ある程度の機能を持ちながらも、徹底した低価格化
パソコン的な機能を排除し、TV ゲーム機能に絞ったこと
ソフトの重視
ファミコンは当時の競合他社が製造すれば3万円近くしたところを1万4800円という低価格で作り、ハードでなくソフトで儲けるという新しい収益モデルを確立した。
そのため、ソフトコンテンツに注力し、数々のヒットを生み出していった。 そうして、80年代の終わりの89年に白黒液晶の携帯型ゲームボーイを発売した。
ゲームボーイ成功の舞台裏
今でこそ、成功要因を挙げて論じることは簡単だが、カラー液晶が最新として流行っていた当時においては半分以上の問屋から売れないと言われた製品であった。
成功の裏には、いくつかの要因が考えられる。
サードパーティーによるソフト開発の規制
屋内外でのゲームのセグメンテーションの成功
コンテンツの移行が可能
1.サードパーティーによるソフト開発の規制
第一の要因は、徹底したコンテンツの管理があった。
これには、アメリカのアタリ社の失敗「アタリショック」が背景にあった。
任天堂に先んじて、家庭用ゲーム機を作ったアタリ社は当初順調に売り上げを伸ばし、1982年までには32億ドルの巨大市場に成長した。
しかし、家庭用ゲーム機市場が急成長すると、ゲーム機のノウハウを持たないサードパーティーの参入が起きソフトの品質は急落、市場全体が崩壊、1985年には1億ドルまで市場が縮小してしまった。
このようなアタリショックを防ぐために、山内社長はソフト開発について他社に厳しい規制を敷き、その品質管理に努めた。
この戦略は奏功し、サードパーティーから発売されるゲームソフトは任天堂により品質チェックをされてから世に出ることで、アタリショックのような品質の崩壊から免れ、良質なコンテンツを生み出すことに成功した。
2.屋内外でのゲームのセグメンテーションの成功
第二の要因は、セグメンテーションの成功である。
携帯用ゲーム機の先駆者は先に挙げたゲーム&ウォッチであったが、ゲーム&ウォッチはファミコン登場の2年後つまり、1985年には終売している。
家ではファミコン、外ではゲームボーイのような屋内外でのすみ分け(セグメンテーション)を初めて果たしたのはゲームボーイの成功の一つである。
このような機能性別の展開を成功させたことで、ファミコン、ゲームボーイが両者食い合うことなく成長することができた。
3.コンテンツの移行が可能
ゲームボーイは、先述のようにハードとソフト分離型の携帯用ゲーム機であったため、ファミコンで成功したソフトコンテンツをゲームボーイで楽しむということが可能であった。
新しいハードの購入の意思決定に際し、ヒットコンテンツの有無は重要な判断材料となるため、特に草創期においては、コンテンツの移行が可能であるということは非常に重要であったと思われる。
実際に、ゲームボーイ登場の89年に出されたタイトルを確認してみると、マリオやテトリス等ファミコンで人気を博したコンテンツが確認できる。
もちろんゲームボーイの製品寿命を二倍に伸ばしたともいわれる、ポケモンのようなゲームボーイ由来のヒットコンテンツも忘れてはならないが、そのようなヒットコンテンツの登場もソフト開発の規制やハード購入のきっかけ作りとなるコンテンツ移行という下地あればこそである。
ゲームボーイと缶ワインの類似性
次は、ゲームボーイと缶ワインの類似点を見ていく。
完全異業種ながら、この二つには下記のような類似点が存在する。
消費形態を変化させる要素を持つ
消費の簡易化
価格アクセスの容易さ
コンテンツの移行が可能
1.消費形態を変化させる要素を持つ
2.消費の簡易化
1、2は表裏一体であるため、一緒に考えていく。
ゲームボーイの場合は、それまでテレビやコントローラーと接続して楽しむファミコンというゲーム機に対して、接続の手間のない携帯型ゲーム機として、屋内外の場所を問わず遊べるようになったことは既に見てきた。
缶ワインも、これまでオープナーやグラスが必要であったボトルワインに対して、屋外であろうと缶ワイン一本あれば気軽に楽しめるような、消費形態の変化を促す要素を持っていることは疑いようがない。
この点から考えるのであれば、缶ワインもいかに場所やシーンに応じたボトルワインとのすみわけ(セグメンテーション)ができるかが、今後の普及のカギとなる。
ゲームボーイ普及時との相違点について考えるのであれば、それは競合の多さということになるだろう。
携帯型ゲーム機の先駆者であったゲームボーイに対して、現在場所を問わず楽しむことのできる缶入りアルコール飲料など数多存在する。
いかにして、他のアルコールと差別化していくかは重要なポイントとなる。
アメリカでの普及の背景を見るに、一つはインスタ映えなどパッケージデザインからの訴求である。
缶ビールなどと比較しても、缶ワインは細身の缶に入っていることが多く、パッケージデザインのイラストをそのまま販売していたりと非常にデザインに力を入れていることが確認できる。
日本においても、スタイリッシュな缶スタイルというのは、酒類業界だとまだまだ未開拓なように思う。
さらに、少量の飲みきりサイズであるという点も強みである。
クラフトビールなどでも見てきたが、ミレニアム世代を中心とする昨今の傾向は、昔のようにとにかくガブガブというものでなく、よいものを少量楽しむというのがトレンドである。
3.価格アクセスの容易さ
現在、アメリカ市場などで人気を博している缶ワインの価格は700~800円程のものが主流であり、既存のワインと比べると、手を出しやすい点も魅力の一つであろう。
ゲームボーイにしても、ハードではなくソフトで儲ける戦略を取ることで、競合製品との価格競争に打ち勝っている。
実際、ゲームボーイの当初の希望小売価格は12,500円であり、ゲームボーイ発売の翌年に出たPCエンジンGTは44800円、ゲームギアは19,800円と強い価格訴求力を有していることがわかる。
缶ワインの魅力は、量的にも価格的にも飲料シーン的にも非常に心理的障壁の低い、アクセスのしやすいものであるということがわかる。
4.コンテンツの移行が可能
様々な要因はあれど、ゲームボーイというハードが選ばれた要因は、やはりコンテンツの充実に間違いない。
ファミコンで人気の高かったテトリスのようなヒットコンテンツをゲームボーイに移植することで、消費者は安心して手を出すことができるようになる。
缶ワインについて考えても、ボトルワインの缶ワインへの移行は原理的に可能である。
しかし、この点が缶ワインがまだ乗り出せていない点である。
スーパーなどでしばしば見られるバロークス/Barokesは缶ワインを専門とするメーカーであり、ボトルワインとは独立した存在である。
ボトルワインで既に日本人に親しまれているワインメーカーによる、缶ワインの販売が、消費者が缶ワインを購入してみようという最後の後押しとなるに違いない。
結局、量や価格、シーンなどでアクセスしやすくなっても、究極的にはコンテンツへの信頼がなければ、消費者の財布の紐は緩まないのではないだろうか。
アメリカ市場を見てみても、最も売れている缶ワインメーカーは、アメリカワイン界で強い信頼を持つE.J.ガロ社である。
得られる示唆と缶ワインが超えるべき障壁
対比事例としてゲームボーイの成功、缶ワインとゲームボーイの類似点を見てきたが、得られる示唆は、
"同種のソフトコンテンツを持つ消費財について、
ハード面では消費シーンにおけるセグメンテーションが必要であり、
ソフト面ではヒットコンテンツのハード横断的な共有・シナジー効果を活かす必要がある"
ということになるのではないだろうか。
これをふまえて、今一度缶ワインについて考えるのであれば、
単なる価格訴求や機能性訴求ではない、缶ワインの消費シーン提案/プロモーションの強化
人気ボトルワインの缶ワイン展開
というところだろうか。
ゲームボーイ発売時より、既に缶入りアルコール市場はレッドオーシャンである。
その中で選ばれていくには、単なるボトルワインとの比較による価格訴求や缶ワイン一本あれば楽しめるといった機能性訴求以上の、シチュエーションこみのプロモーション展開により、ボトルワインとの消費の場のセグメンテーション(すみわけ)、及び既存のワイン消費者でも手を伸ばしたくなるような商品展開こそ大事になってくるのではないだろうか?
参照サイト
"2019 WINE-IN-A-CAN MARKET IMPLICATIONS" Report WICR
『任天堂の成功と失敗 』京都大学大学院理学研究科 COE 研究員
『「GAME&WATCH」のビデオゲーム史的視座』尾鼻 崇
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