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ワインとゲーム機 -多様性をめぐる自己破滅的予言-

更新日:2022年9月15日



多様性をめぐる自己破滅的予言

ワインの世界では「多様性」という言葉は金科玉条のごとく語られる(もっとも現代においては、ワイン市場に限った話ではないが)。


一見すると、多様性という言葉は文字通り市場に多様なカテゴリー、豊富な選択肢を与えてくれるように思われる。


しかし孤独を求めて山にのぼる登山家が山に溢れかえり、かえって山が孤独とは縁遠い場所になってしまうというパラドックスがあるように、多様性を求める動きがかえって多様性の喪失につながってしまうことはないだろうか?


今回は、そのような自己破滅的予言を現実のものとしてしまった、ゲーム機市場を参考として、ワイン市場について考えてみたい。


*自己破滅的予言:人々の行動の集積あるいは、時間順序的展開をつうじて、行為の帰結として意図せざる結果を招くこと。


ゲーム機業界に学ぶ

ファミコン以降のゲーム機業界は、ハイスペックなゲーム機を安価に流通・普及させ、その後のゲームソフト販売で市場を作り出すという基本スキームをとってきた。


そしてゲーム機を開発する企業は、ゲームソフトを開発するサードパーティーとのかかわり方の中で利潤を生みだすというビジネスモデルを模索してきた。


ファミコンを生み出した任天堂は、サードパーティーにソフトの開発と販売の権利を認める一方で、ソフトの製造にあたっては任天堂への生産委託を基本的に義務付けるという収益モデルを確立した。


これは、任天堂に先立つアタリVCSの失敗に学んだものであった。


---【アタリVCSのケース】---

サードパーティに自由なソフトの開発・製造・販売を許可したことで、とりあえず買ってもらえればよいという悪質なサードパーティーによる粗悪なゲームソフトで市場があふれかえったため、販売開始から数年で経営不振に陥ったというも。

*当時は今のような「口コミ」機能が存在していなかったことにご留意いただきたい

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任天堂は、ファミコンのリリースから8年目にあたる1990年には後続機スーパーファミコンを打ち出し、その地位を確立したかに思われた。しかし1994年にソニーコンピュータエンタテインメント(以下、SCE)がリリースしたプレイステーション(以下、PS)によって、地位を追われることとなる。


このPSの逆転劇の背景には、


  • PSはCD-ROMを採用し、サードパーティーへのゲームソフト開発の制限を緩和したことで多様性を確立した

  • その一方、スーパーファミコンの普及以来、ゲームソフトを扱う専門店や専門雑誌が登場・増加したため、サードパーティーに制約を課さなくとも、ゲームソフトの質が流通段階で選別されるような社会的素地が出来上がっていた


という二つの事情が挙げられる。


こうしてSCEは任天堂からリーダー企業としての地位を奪取することとなった。


しかし、スーパーファミコン-プレイステーションの逆転劇から12年、今度は任天堂がリーダー企業に返り咲くこととなる。


PSも人気を博し3世代目のハードが登場するころ、任天堂は新しい楽しみ方を提案したゲーム機Wiiを投入する。すると、盤石に思われたプレイステーションの地位は崩れ去り、WiiがPS3を超える売上を記録することとなる。


今回の逆転劇の背景には


  • 多様性を売りにしていたPSも3代目となり、人気タイトルへの売上集中が顕著となっていた

  • 人気タイトルは、前作を超える作り込みをシリーズ化の中でしていくことで顧客満足を維持していた

  • しかし、コアな作り込みは既存顧客を満足させるが、新規顧客には参入障壁となる顧客の限定化を引き起こし、結果的にPSソフトは多様性を次第に失っていった

  • そこに身体を使った新しい遊び方を提案したWiiが多くの顧客を惹きつけ、広く浸透していった


という事情が存在した。


PSのWiiへの敗北は、まさに多様性をめぐる時間順序的展開を通じた自己破滅的予言の好事例と言える。


ワイン業界の展開

ひるがえって、日本のワイン市場を見ていきたい。


日本市場におけるワインの消費量はキリンホールディングス株式会社の資料を基にすると下記のように推移してきた。



最も伸びている1997-1998はポリフェノールの健康効果に端を発した赤ワインブームであり、以降増減を繰り返しながら、今日横ばいの状態となっている。


赤ワインブーム以後の推移を見てみると、対前年比で5%以上伸ばしている年は、2005年、2009年、2010年、2011年、2012年、2014年、2015年である。


ご存知のように2005年、2009年、2010年、2015年はグレートヴィンテージ(偉大な年)と言われている。


また、ワインアドヴォケイト誌ひいてはロバート・パーカーJrのパーカーポイントが世界的に注目され、経済分析に基づいてパーカーポイントがワインの価格に大きな影響を与えることが認められたのが2005年のことである。


2012年は初めてワインの最多輸入国がフランスからチリに変わった年でもある(この背景には輸入関税の段階的な緩和がある)。


このように見ていくと、ワイン業界における、差別化要因は産地・品種・造り(醸造、熟成等)など一般に多様性とくくられるワードになるが、実際の競争要因となると(乱暴な言い方になるが)、


  • 権威性

  • 価格


の二つの軸が強いように思う。


もちろん、多様性自体を求めて購入行動に移る人もいるが、多くの場合は、ワインの専門家、専門誌、コンクール、商社側の出す情報に基づいて、購入行動を起こす人が大半である。


価格は業界を問わない、比較的普遍的な競争要因であるので、ワイン業界の特異性としては、権威性に大きな価値が置かれていることと言えるだろう。


権威という言葉は、デジタル大辞泉によれば


  1. 他の者を服従させる威力。「行政の―が失墜する」「親の―を示す」

  2. ある分野において優れたものとして信頼されていること。その分野で、知識や技術が抜きんでて優れていると一般に認められていること。また、その人。オーソリティー。


今回の場合は、2番目に意味にあたるわけだが、この意味で競争要因としての「権威性」と差別化要因としての「多様性」が組み合わさると、多様性をめぐる自己破滅的予言に突き進んでしまうのかもしれない。


権威性×多様性の中では、専門知識の中で多様性が進んでいくことになる(例えば、単純な得点にしても、その得点を裏付ける情報として専門知識が介在してくる)。


そうすると、自然と既存顧客を満足させるためには知識に基づく多様性は先鋭化していき、顧客の限定化が進んでいく。


ではここでもう一度、PSにて多様性の喪失に陥ったゲーム機業界の中で、いかにしてWiiが成功したのかを確認したい。


Wiiの成功要因

多様性をめぐる自己破滅的予言に陥ったPSに勝利をおさめたWiiはどうして、SCEの牙城を崩せたのだろうか?


当時のゲーム機業界の競争要因は、読み込みの早さ等プレイのスムーズさや綺麗なグラフィックを映し出すための半導体技術に大きなウェイトが占められていた。


しかし、任天堂は自社で半導体に関する技術を持っておらず、上記のような競争要因そのものを再定義してWiiの開発に取り組んだ。


その結果、「リビングで家族みんなが遊べるゲーム機」という新しい競争要因を作り出した。


そのために、


  • リビングに適したコンパクトで消費電力の小さいデザイン

  • 身体を動かして操作する直感的な操作性を追求して誰もが楽しめる製品開発


という特徴を付与することでPSの王座を奪うことに成功した。


ワイン業界におけるWiiは?

権威性を競争要因としてきたワイン業界において、ワイン版Wiiを生み出すには、異なる競争要因からのアプローチが必要になってくる。


権威性に代わる競争要因として出てきているのが「気軽に楽しめる美味しいワイン」というカジュアルさというものである。


サントリーワインインターナショナルは2021年からワインサワーや缶ワイン、ノンアルコール缶ワインを続々と投入し、「これまでワインを飲んでいただけていなかった方にワインの魅力や価値をていねいに伝えていく」ということを心掛けているという。


また、昨今カジュアルに楽しむことを強みとした缶ワインやローアルコールワインなども登場してきている。


これまでの権威性とは正反対ともいえるカジュアルさがどこまで浸透するのか、次回は昨今増えてきているローアルコールワインについて深堀りして考えてみたい。


参考文献

『マーケティングリフレーミング』(有斐閣)栗木契、水越康介、吉田満梨編

『競争要因の転換プロセス - 任天堂Wiiの開発事例 -』山崎喜代宏(中京大学経営学部 教授)

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